【第2回】「世界一貧しい大統領」ホセ・ムヒカさんに聞いた 今、世界、福島とエネルギー|ENECT プラチナム連載 Vol.2
読みもの|3.29 Tue

 

 ムヒカ元大統領は、ウルグアイは欧州経済の低迷を逆に利用して、安価にエネルギー政策の転換を実現させたと語りました。電力の約95%をクリーンエネルギーでまかなう人口約350万人の小国は今、世界屈指のエネルギー先進国とも呼べます。

 プラチナム連載 Vol.2のお話からは、そんな大転換を牽引してきたムヒカさんの考えの根底に、何があるのか。その礎には、これまで世界のどの国のリーダーにも決してない体験があることを、知ることができます。


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——2015年11月13日には、パリで衝撃的な事件がありました(インタビューは11月16日)。シリアや中東の状況も含め、どのように見られていますか?
 あれは、欧米の国々が今までイラク、アフガニスタン、リビアなどの国々を弾圧してきた結果でしょう。それらの国では人々が希望を失ってしまい、「命の値」が失われているんだと思います。

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 そして、「宗教の過激化」という理解しがたい現象が起きています。さらにはそこへ、世界中から若者たちがリクルートされるという、難しい問題です。
 今、私たちは寛容さと、相手を理解し、尊敬するという姿勢について若者、市民を教育しなければなりません。暴力を使って民主主義を植えつけようとする行為自体が、間違っています。
——南米にはそもそも移民が多いことで、より寛容的な姿勢を保てているのでしょうか?
 どの国も移民によってできあがっています。それは日本だって、周辺の地から流れてきた人々が、今の日本人じゃないんですか?
——経済の低迷に伴ってか、日本でも排外主義は強くなりつつあります。
 ハイパー・ナショナリズムのリスクがあり、それはよくないことです。地球は今、政治的な危機を体験しています。世界のガバナンスが必要です。
 世界の国の指導者たちは様々な会議で集まって議論はするものの、合意には至っていません。そして、世界の主要国だけで地球の問題に対処することは、できないのです。

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 例えば気候変動、自然環境の破壊、汚染といった問題は、主に北半球に位置する先進国によって生じ、こちら南半球の国々で被害を受けるという現状です。
 これらは、本来であれば世界の国々が一丸となって解決に取り組むべき問題です。全人類の今、そして未来に関わることですし、一国だけで対処することは不可能です。今こそ世界が一つになっての合意が必要なのに、そこでナショナリズムが台頭する。
 世界は一つです。
 日本人も着物から洋服を着るようになったように、現代は全世界の人々が、他国の良い部分と悪い部分を取り入れ合う社会になりました。しかし政治はグローバルな視点を持つどころか、隣の国の次期政権に注意を注ぎます。
 矛盾だらけですね。
革命運動を行い投獄された過去
——あなたは4度の逮捕、13年間の獄中生活から、何を学びましたか?
 わかりません。

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——では、中で最も辛かったことと、それを乗り超える上で力となった経験、知識は?
 一番辛かったことは、孤独です。頭の中を整理するために、逮捕される前に読んだ書物などを思い出したり、精神的にまいらないようにすることで必死でした。最初の8年間は読書が禁止されましたが、その後、科学と物理学の勉強の機会が与えられました。
 刑務所での時間は大変な経験でした。
 しかし、人間というものは、強くできているものですよ。
——あなたのように闘争、逮捕、獄中生活を経験していない一般市民には、消費社会の魅力に抗うことが難しいように感じます。あなたの言葉や、「お金で買えない豊かさ」を理屈でなく身体で理解するためには、何が必要でしょう?
 今は、資本主義が主流の世の中です。お金を得るために物を売る。人が欲しそうな物を生産し、消費を促す。人には物欲があり、売る側は猛烈な販売促進活動を行うわけです。
 そこで人間は、「自己制御」という能力を持たなければなりません。購買能力のある人はどんどん買い続けることができます。しかし、それらの物を買うために自分の人生の時間を犠牲にしていることに、気付いているのでしょうか?

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 確かに、生活するためには仕事が必要ですが、人生は仕事だけではないでしょう。人と人との関係を楽しく過ごしたり、自分の好きなことをしたり、趣味を持つことで、人は本当の「自由」を体験できるのだと思います。
 買い物のために仕事ばかりするのでは、消費の奴隷そのものでしょう。
 私は、貧しい生活を勧めているのではありません。お伝えしようとしているのは、質素な生活をしてでも、「自分の時間を大事にする」ということです。例えば、友達や家族と楽しく過ごす時間は、お金では買えません。
 私は、人々にもっと自由になって欲しいだけなのです。
今、日本人に伝えたいこと
——「もらうよりも与えること」、「自らの内奥の宇宙」など、あなたのご発言からは「仏教」や「禅」を感じることがあります。意識されたことはありますか?
 現代人は、昔の宗教の教えを忘れてしまっています。私は沢山の本を読みました。先人たちが残してくれた優れた教えは、私たちの生活に取り入れていく必要があります。そして日本の伝統、また宗教にも、素晴しいものがあります。

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 今、日本はあまりにも西洋化してしまったように思えます。でも、これは我々にしても、キリストの教えを忘れてしまいました。歴史を振り返ると、残念ながら偉大な思想家の教えは大衆に伝わっていないような気がします。中国にだって孔子といった偉大な思想家がいました。ところが今の中国人は、孔子のことを忘れてしまっているのではないでしょうか。
 私は無宗教ですが、宗教を持っている人を羨ましいと思っています。人間には信仰が必要です。それは、宗教が社会にとって大きな役割を果たしているからです。宗教には道徳も、見事な教えもあります。
 人間は死を恐れるあまり、「死んだ後もあの世で生き続ける」ということを信じたいのだと思います。宗教を持っている人は、平穏な心でこの世を去ることができるように感じます。
——そのようなことは、刑務所に長くいたからこそ、考えるようになったのでしょうか。
 もちろんです。あの頃、考える時間だけはたくさんありました。とても長い歳月にわたって孤独でした。

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 今の自分は、その体験をしたからこそあるのだと思っています。
 人生、命は、素晴らしいものです。人は辛いことを味わってこそ学び、成長します。その反面、人は成功ばかりしていると、時に傲慢の塊にもなります。

 

 トルコ、コロンビアの長期外遊から帰国し、お疲れ、そして多忙極まりない中受けていただいた、約1時間の貴重なインタビュー。80歳とは思えぬ活力で、間にマテ茶を飲みながら穏やかに、しかし経験に裏打ちされた、説得力あるお話でした。
 ENECTプラチナム連載、ムヒカさんのお話はあと2回の更新、全3回です。

 

(聞き手:平井有太/通訳:森菜穂子)
2016.03.29 Tue.

 

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