【初回】五箇公一|ダニ先生と新型ウイルス
読みもの|4.22 Wed

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背景に見える先生の研究室は、「これらも生物多様性の一環です」と仰る、キングギドラなどのフィギュアで棚がいっぱい

  3月19日(木)放送のBS1スペシャル「ウイルスVS人類 〜未知なる敵と闘うために〜」は、チェックされたでしょうか。
 そこで、おおよそ研究者らしからぬ皮ジャンにサングラス、さらにはリーゼントと「え、しかも長髪?」という風貌で、「新型コロナの遠因は気候変動をもたらす人間活動です。それを引き起こしているのは南北諸国間の経済格差。そして今まさに、崩壊しかけている人間社会の危機を、新型コロナウイルスは教えてくれているんです」という内容のことを早口でまくしたてる、国立環境研究所・五箇公一先生の姿に引き込まれたのは、私だけではないはずです。
 調べると先生は少なくとも2012、15年のインタビューや対談でとっくに、今回の事態を予見されていました。コトが起きてから気づくといういつものパターンに自らの浅はかさを痛感していると、そのタイミングで、みんな電力を最初期から支えるエネルギー女史・上田マリノさんと先生がSNSで繋がったという情報を入手。
 即座にアポをとり、上田さんを聞き手に、ZOOMインタビューを敢行しました。

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五箇 BS-1の番組の後、いろいろな方のツイートを拝見する中で、上田さんは環境問題に熱心に取り組まれていることがわかりました。この機会に情報共有ですとか、協力させていただければと思った次第です。
上田 ちょうどお話を伺いたいと話していたので、まさかのタイミングでご本人と繋がることができて、ありがたく思ってます(笑)。
五箇 ああいった番組に出ることは、ネットワークを広げる意味ではすごく有効です。そういう意味で、今回も非常にいいかたちでいろいろな方々とお知り合いになれました。こういう活動の輪は、官民一体となってやっていかないと動きません。こちらとしてもぜひ、ご協力いただければと思います。
上田 コロナと気候変動の関係は、「絶対どこかで繋がっているはずだ」と思いながら、そこの部分をうまく説明する言葉が見つけられないでいました。ですから、先生の仰ることはスッと腑に落ちたというか、「それだ!」という感覚がありました。

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図1. 自然生態系における生態系ピラミッド。出典:五箇公一『地球温暖化の事典』(国立環境研究所編/丸善出版、2014)

五箇 要は、環境問題というのは全部根っこが繋がっているんです。
 一番の問題は、生物多様性のピラミッドというものがよく教科書にも出ていますが、太陽光で光合成をしながら植物が食べ物をつくり、それを草食動物が、草食動物を肉食動物が食べるという階層構造があります。
 そこには本来ルールがあって、上に行くほど取り分が減っていくので必然的に強いものほど数が少なくないといけない。そして、生きとし生けるものはすべて屍となれば灰となり、他の生物の栄養素となる。それは完全なる循環型システムとして構築されていて、地球上の生き物たちがすべて繋がっています。ものシステムを駆動する外界のエネルギーは太陽光エネルギーだけ。完全無欠な循環型システムが生態系でした。
 その循環が40億年以上続いてきたものが、生物の歴史と言えます。
 ところが人間が登場して、それが変わってしまった。人間というのは、ある意味で最弱動物のはずが、文明を手に入れることによって最強動物になってしまった。しかも、一番強いくせに一番数が多いんです。
 今人間が76億人以上いるのは、この体格の大型霊長類がこれだけの数で地球上にいたことがあるかというと、それは自然の生態系ではありえません。単純にゴリラやチンパンジーの生息数から試算し、人間が生態系の一部として生きようとすれば、2000万人くらいが限界じゃないかと考えられます。
 それが76億いるということは、明らかに定員オーバー。消費が過剰で、太陽光エネルギーだけではもうやっていけなくなったわけです。それで化石燃料を掘り出して、エネルギーと生活物資に充当しました。石油や石炭を燃やしてエネルギーにもするし、石油化学によってプラスチックをつくって日常用品に替えるといった行為です。
 40億年の進化の歴史の中で、そんなことをしでかした生物種は一種もいませんでした。だから生態系には、この行為によって生じる副産物を受け止める機能はなかったのです。
 廃棄物は分解されずにどんどん溜まって汚染の原因となり、大量に排出される熱エネルギーは到底生態系の中では到底吸収しきれず、それが温暖化へと繋がりました。
 要は人間という、巨大バイオマスによる莫大な消費と排出が、あらゆる環境問題に直結しているわけです。そうした中で、現在、特に温暖化対策としてCO2の排出削減が課題とされていますが、CO2だけを減らしても、この負のスパイラルを止める根本的な解決策にはなりません。エネルギーを石油から他の資源に転換できたとしても、人間が消費と排出を続ける限り、根本的な生物多様性の劣化は止まりません。廃棄物の問題も同じく、別のエネルギーに転換しても、大きく減少するとは考えにくく、自然環境の悪化速度は簡単には止まらないでしょう。生態系のキャパ(許容度)の中で、いかに循環型の生き方に変換し、自然と共生する社会をつくるかが問題解決のための根本課題となります。

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図2. 人間が増えて、化石燃料を使って大量消費・大量排出している現代の生態系。出典:五箇公一『地球温暖化の事典』(国立環境研究所編/丸善出版、2014)

—私たちは再生可能エネルギーを供給する会社として、CO2の削減のメッセージは強く打ち出してきました。CO2を削減しても、気候変動は止まりませんか?
五箇 端的に言うと、今この瞬間にCO2をゼロにしても、温暖化とか異常気象の問題はたぶん100年くらいは補正が効くことはないと思います。一旦温まってしまった海はすぐには冷めないですし、現在我々が経験している異常気象はしばらくは続くでしょう。
 ただ、止めても続くということは、このままCO2を増やせばさらに加速するし、もっと酷いことが起きるということで間違いないと思います。だからこそ、少しでもマシにするために「少なくさせよう」、「なくそう」ということは、物理的な原理としてやらなければいけないことです。
 しかし、CO2の排出を止めても我々の世代にとっては大していいことは起きません。損をすることの方が大きいのです。さらに不便な生活になるにも関わらず、巨大台風は相変わらず来るだろうし、そこはとにかく将来世代に対する持続性の担保のために、現在世代の我々が我慢するという話になります。だからこそ、人間はそれを容易には受け入れられないんです。
 生物学的に、人間以外の生き物に、自分の自我を考える余裕はありません。いつ食われるか、死ぬかわからない中で、多くの野生生物の生きる究極目的は「次の世代をつくること」のみです。そこに全力投球して、他に一切何も要求することもない。それは遺伝的にプログラミングされた形質でありシステムです。厳しい自然界の中では、子孫を残す以外の余分なことをすれば、すぐに食われて死ぬし、子どもも生きていけない、だから「考える余地がない」、それが多くの野生生物の生涯です。しかし、人間の人生にはその余地があります。
 普通多くの野生生物が子どもを産めば、あるいは産んで子育てが終われば、寿命を迎えるという中で、人間のように、生殖適齢期が終わった後も、延々と生き続ける生き物はいません。
 その意味で、これほどまでに自分の自我を持てる生き物は他にいない。自分の欲求を唯一楽しめる動物であるがゆえに、逆に次世代のことなど考える余地がない、つまり人間は「自分さえよければよい」という、自己の人生に対する欲求が強い生き物になってしまったわけです(*他の生物も基本的には利己的であるが、自分の人生を楽しむためではなく、あくまで自分の遺伝子を受け継ぐ子孫の生存を優先させるため)。

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マレーシア・パソ自然林を高層観察タワーから眺めた風景。森林のエッジの向こうにヤシが整然と植えられたプランテーションが広がる

 次世代のことを考えられないというのは、もはや人間の性(さが)であり、本質である、という点が非常に困ったところなんです。多くの人には、いくらキレイゴトを並べて「次世代のために地球をよくしましょう」というメッセージを送っても、絶対響きません。だって、今が大事だから。
 そこで、私が考えたのは、「であるならば、もうこれはリスクで説くしかない」ということで、最も直近、直球でくるのが感染症だぞと。「これは間違いなくくるぞ」と。つまり「あなたの命が危ない」ということを言えば、さすがに人間も少しは振り返るだろうと考えて、講演会やメディアを通じて発信を続けていたら、本当にこんなの(新型コロナ)がきてしまった。
 しかも、このコロナは、やっかいなことに死亡率が非常に高いわけではないことから、今一つ危機感が伝わりにくかった。その一方で非常に感染力が強く、不顕性感染と言って、感染していても発症しない人たちの割合が高く、そういった健康でありながらウイルスを保有している人たちが活発に動いてウイルスをばら撒いてしまう。結果的に、感染者が増大して、重症患者も急速に増えてしまい、医療体制が追いつかない、という事態に陥っている、、、このウイルスの特殊な危険性によって、我々人間が今試されている気がしています。
 このウイルスは、例えばエボラとは違って「かかった人が死ぬ」という恐怖でなく、「相手を殺すかもしれない」という恐怖をもたらします。その一方で「自分が大丈夫ならいい」というエゴももたらすのです。
 だから、このウイルスを制するのは「利他行動」(つまり相手を思いやる心と行動)をちゃんと人間がとれるかどうかにかかっている。それは、先ほど言った、人間の「今の自分が一番大事」という性から抜け出せるかどうかにかかっている。でもその性からの脱却は難しく、世界的に見てもアメリカ、中国なんかはすでに「とにかく早く収めて、グローバル社会に戻りたい」という方針を示しています。
 しかし、このウイルスは先ほど言った通り不顕性感染者が多く、一旦収束したからといって、またもとの人混みと移動を許せば、おそらく、再び流行が拡大する可能性があります。
 そう考えると、このウイルスは実にしたたかで、不顕性感染というかたちで姿を消すことで、人間が活発な経済活動を続ける限り、永遠に人間社会で巡回し続けることができる。人間の欲望という性に巧みに潜んで生き続けるウイルスだと言えます。

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環境SDGsな女性のインタビュー集『エコ娘が聞く!環境世代につなぐ女性39人』(環境新聞社、2018)が販売中。様々な立場の女性の意見を知ることができる1冊

上田 CO2削減に関しては、気候変動への抑制や効果を打ち出してきました。もちろんそれは「将来世代を見据えて」、「子どもの未来のため」ということでもあるんですが、それではこの社会にはメッセージとして弱く、伝わらないでしょうか?
五箇 人間の性を変えるためには危機感を持たせる必要があり、そこに生物学的な危険性を提示する必要があります。まずは気候変動の問題と、生物学的リスクの問題は一緒に考えないと、根本的な解決にならないでしょう。温暖化を引き起こしている人間活動そのものが生物多様性を劣化させているし、そこから今回のコロナウイルスといった自然界からの逆襲を受けているわけです。
 しかも、生物多様性は劣化していますが、生き物自体は減っていません。数を減らす希少種や危惧種がいる一方で、外来種や、ゴキブリに蚊、ハエなど害虫が増えたりするなど、人間にとって都合の悪い生き物は増え続けています。つまり、人間がつくり出した新しい劣悪な環境に適応する連中が増えています。
 面白いのは、そういった連中は自然界の中では意外と弱い存在だったりする。ゴキブリなんてジャングルの中では全然幅をきかせていないんです。いても、ほとんど食べられてしまう(笑)。
 ただ、人間のつくり出した劣悪環境がそういった生物には有利に働くから、非常に皮肉なことに、人間は自らの活動を肥大化させればさせるほど、自分たちにとって美しいと思える生き物たちが数を減らし、都合の悪い生き物がどんどん増えてくる。その過程で、ウイルスたちも生態系の奥地から噴出してきています。

 ウイルスというものも、生命の誕生からずっと地球上にいて、さまざまな生物とせめぎ合いをしてきました。ウイルスは他の生物からエネルギーをとって増えたいし、生物はウイルスにエネルギーをとられないようにしたい。軍拡競争的な共進化が、ウイルスと寄生される生物との間で繰り広げられ続けてきました。
 でも、ずっと競争を続けていると、どちらかが破綻してしまうことになる。そこでウイルスも宿主となる生き物も少しおとなしくなるよう共進化して、いわゆる共生関係というかたちを選ぶようになる。我々が大腸菌とかいろいろな細菌やウイルスを体内に持っているのは、そういったプロセスを経た結果ということなんです。

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図.コウモリコロナウィルス(左)および宿主コウモリ種(右)のDNA系統樹、および両者間の共種分化関係(Cui et al. 2007)
 系統樹間の直線が、病原体—宿主の関係を表す。一部、2系統のウィルスの宿主となっているコウモリ種が存在するが(RfB、RpB、およびRsB)、これはウィルス3系統(RsV2、RfV2およびRpV2)が、これら3種のコウモリに宿主転換をしたことを示している。
 このようにウイルスは変異と宿主転換を繰り返しており、たまたま人間の体内にマッチングした変異体が人間に感染すると今回の新型コロナ・ウイルスのように病原体として感染拡大する。
引用
Cui et al. (2007) Evolutionary relationships between bat coronaviruses and their hosts. Emerging Infectious Diseases 13: 1526-1532.

 今回のウイルスも恐らく、コウモリの体内などに寄生して、大人しくしていたと思われます。そうでないとコウモリの中で生きられないし、逆にコウモリにしても、ある程度ウイルスを生かすことで、やつらが強毒化するのを防いでいた。
 ところが、そうやって閉じ込められていたウイルスがポンと外に出て新しい宿主に入っちゃうと、そこには免疫がないわけで、一気に増えることができる。ウイルスにしてみれば、もちろんウイルス自体は意志を持っていませんが(笑)、「しめた!」ということで、どんどん増殖の可能性を広げていく。これが今の感染症発生のメカニズムです。
 人間は生物多様性を破壊し続けることで、その奥底にあったパンドラの箱を開けてしまった。新興感染症問題の深層はまさに生物界の奥地にあるのです。
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五箇公一

1990 年、京都大学大学院修士課程修了。同年宇部興産株式会社入社。1996 年、博士号取得。 同年 12 月から国立環境研究所に転じ、 現在は生態リスク評価・対策研究室室長。専門は保全生態学、農薬科学。著書に『クワガタムシが語る生物多様性』(集英社)、『終わりなき侵略者との闘い~増え続ける外来生物』(小学館)など。国や自治体の政策にかかる多数の委員会および大学の非常勤講師を勤めるとともに、テレビや新聞などマスコミを通じて環境科学の普及に力を入れている。

 取材は、画面を通じてみるマシンガントークそのまま(記事にもそれが反映され、情報が凝縮)。そのことについて伺うと
「よくジャパネットたかたに就職した方がよかったんじゃないかと言われます(笑)」と、先生。次回もお楽しみに

 

(取材:上田マリノ/平井有太)
2020.04.17 fri.
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