サステナブルのその先へ エタノールづくりが生みだす 価値ある循環
目次
発酵のちからで循環型の社会をめざす ㈱ファーメンステーション 酒井社長インタビュー
㈱ファーメンステーションさんは、独自の発酵技術で未利用資源に新たな価値を与え、循環型社会をめざす研究開発型スタートアップです。岩手県奥州市の休耕田を再生し、そこで育てた米を発酵・蒸留してエタノールを製造。残った発酵粕は化粧品の原料や家畜の餌になり、さらにその糞は畑や田んぼの肥料になっています。そんな“捨てるもの”を出さないサステナブルな循環を地域コミュニティーと一緒につくっている会社なのです。
環境や社会課題の解決へ。金融の世界から転身した酒井社長
TADORi編集室ーファーメンステーションさんは発酵技術を軸に、循環型の社会づくりをめざすというとてもユニークな会社ですが、酒井社長が起業をしようとお考えになったのはどんなきっかけだったんでしょう。
酒井 はじめは銀行に入社して、入って3年目に出向をして国際交流基金で働いていたんですけど、そのときにNPOの支援をする仕事を担当しました。そこで世の中の課題を解決するためにすべてを注ぎ込んでいる人たちと出会って、こんな人たちがいるんだ、すごく素敵だなと思って自分も仲間になりたいなと思ったんですね。アメリカではビジネスを通じてさまざまな社会課題を解決していこうという企業も現れてきていましたし。漠然とですが、そういうところにすごく惹かれていたんです。
ーはじめからエタノールをビジネスにしようということではなかったんですね。
酒井 いろいろな人と出会うなかで自分にできることを見つけていった感じですね。銀行にいたときに石油化学とかエネルギー関連の事業にも関わりまして、プロジェクトファイナンスという仕事をしていたんです。そのなかで代替エネルギーへの取り組みを知ったんですね。ちょうど地球温暖化が注目されてきた頃だったこともあって興味をもちました。で、あるとき生ゴミからバイオ燃料をつくる東京農業大学の発酵技術のことを知ったんです。これだ!と思いました。それでまずは発酵のことを学ぼうと考え、会社を辞めて東京農業大学に入学したんです。
ーなるほど、代替エネルギーからバイオ燃料、そしてエタノールに結び付くんですね。しかし銀行で順調にキャリアを積んでらっしゃったのに、まったく畑違いの分野への方向転換でしたね。
酒井 いまの事業のきっかけは在学当時、奥州市がおこなっていた休耕田の田んぼからバイオ燃料をつくるというプロジェクトに参加したことなんです。事業化となれば金融のノウハウが役立ちますし、そこに発酵技術が加わればなにかできるんじゃないかと。
とても身近なものなのに、みんなエタノールのことをほとんど知らない
ーところでエタノールについてなのですが、何からどうやってつくられているか、さらにどんなものに使われているか、多くの人はそのあたりのことを良く知らないのではないでしょうか。
酒井 そうなんです。エタノールは誰もが毎日使っているすごく身近なものなのに、ほとんどの人はエタノールが何からできているか、どんな風につくられているかを知らないんですね。こういう機会にみなさんにエタノールのことを知っていただければと思います。
ーエタノールとは一般的にはアルコールのことですよね。
酒井 エタノールは皆さんがアルコールと呼ぶものですが、2種類あって、天然由来の原料から発酵によってつくられる発酵エタノールと石油由来の合成エタノールがあります。合成エタノールは主に工業向けで食品には使用できませんが、化粧品や香料などには使われることもあります。
ー発酵エタノールはどんなものに使われているんでしょうか。
酒井 衛生用品から化粧品、食品、お酒などに使う醸造用アルコール、ルームスプレー、ウェットティッシュ、バイオ燃料まで、ほんとうに幅広く利用されていますよ。
ー毎日使う、身近なものばかりですね。
酒井 いろいろなところで講演をさせていただく機会があるんですけど、コロナ渦になってから、多くの人が毎日何度も消毒のためにエタノールを使っているはずなのに、何からできているか、どうやってできているかを知っている人はほとんどいないんです。
資源をむだにしないという発想。捨てられていたものからつくる発酵エタノール
ーエタノールはどんな原料からできるのでしょうか。
酒井 世の中に流通しているほとんどのエタノールは海外産のサトウキビとかトウモロコシなどの穀物からつくられています。でも、私たちは天然由来の原料で、しかも未利用資源であることにこだわっています。メインはオーガニックのお米。岩手県奥州市の休耕田だった田んぼを再生して有機JAS米を育て、収穫した玄米を麹と酵母で発酵させてエタノールをつくっています。
ーたしかに休耕田というのは未利用の状態ですね。そのほかにも原料にしている資源があるのでしょうか。
酒井 廃棄されるバナナも利用しています。ANA商事さんのものなのですが、輸入したバナナを国内で追熟したり流通させる過程で、傷んでしまったり、どうしても販売が難しいバナナが出ることを知りました。あとはニッカさんやJR東日本さんのアップルシードルづくりで出るリンゴの搾り粕。それに象印さんの炊飯器の開発過程で出るご飯(炊いた白米)やカンロさんの製造過程で出る飴の規格外品なども利用させていただいています。
ーなるほど、どれも有効活用されていないものですね。
酒井 使われていないものや産業廃棄物になってしまうものから発酵エタノールをつくることに意味があるんです。もうひとつは安心・安全であること。どんな原料から、どんな製法でつくられているのか。なによりもトレーサブルであることを大切にしています。
ー大人も子供も毎日使うものだからこそ、すべて“見える化”しなくてはならないわけですね。
休耕田から生まれたエタノールが世界的なオーガニック認証を取得
酒井 海外産エタノールの原料のほとんどは、遺伝子組み換え作物から作られているものもあります。私たちのオーガニックライス・エタノールはUSDA NOPオーガニックの認証を取得していますし、オーガニック・コスメの世界統一基準であるエコサートCOSMOS認証も取得しています。これらの認証を取得しているのは世界を見渡しても数少ないです。
ーどちらも取得するのはとても難しいと聞いていますが。
酒井 そうですね、すごく厳しいですね。そのためにお米については仕入れるのではなくて、専用の田んぼでしっかりとした管理のもとでつくってもらっているんです。田んぼが過去3年間、無農薬・無化学肥料であることの証明ですとか、種もみから苗になる工程、さらに田植えや稲刈りの方法、有機肥料の詳細まで、とにかく栽培の全プロセスにわたってクリアしなければ取得できないんです。
あるとき畔塗り(畔の補修)の土にチェックが入って「この土はこの田んぼの土ではない、どこから来たのか」となって、調べたら近隣の山の土だったんですけど、その土に農薬とかが混入していないかも明らかにしなければならないほどです。
ーそこまで徹底されているんですか。
酒井 そう、もう本当にたどりまくりですよ(笑)。厳しいのはお米づくりだけじゃなくエタノールにするプロセスも同じです。お米に他のものを混入させない管理をしているか、工場内で防虫剤を使用してないか、どんな洗剤を使っているかなど詳細なチェックがあります。
お米を発酵させるのに麹や酵母を使うんですけど、酵母を培養する培地でさえ遺伝子組み換えでないことの証明も必要なんですね。培地の証明を取るのは非常に難しかったので、酵母の培地はお米の甘酒にしています。化学的な処理に頼らず、完全に明らかになるものだけでつくっています。
ーなるほど。コストや効率のことより、よくわからないものは使わないということですね。
酒井 ただ、この認証はそれでおしまいじゃないんですよ。毎年、検査官がチェックに来られるんですけど、その年の改善点を聞かれるんです。それでパッケージに再生プラを導入したとか、ゴミを減らす努力をしたとか、毎年、なんらかの進化を求められます。
USDA認証って安心・安全のためだけじゃないんです。環境負荷を減らしていきながら、環境をどんどん良くしていくことが目的なんですね。私たちもそこに賛同しているんです。
ー持続可能で終わらず、持続的に環境を改善していこうということなのですね。エタノールの原料メーカーでこれらの認証を受けている企業は、ファーメンステーションさん以外にもありますか?
酒井 日本では唯一私たちだけです! 海外ではオーガニックのサトウキビやブドウからつくられた発酵エタノールがありますけど、未利用資源からつくっているとか、原料や製法のことをここまで明らかにしている会社はないんじゃないでしょうか。ヨーロッパのブランドさんとの商談でも、ここまでトレーサブルなメーカーは知らないと仰っていました。
オーガニックのその先。ソーシャル・インパクトを伴うものづくり
ー今後、オーガニック・エタノールのニーズは増えると見ていますか。
酒井 確実に増えていくと思います。欧米ではオーガニックのマーケットというのがちゃんとあります。オーガニック・コスメが並ぶスペース自体が日本とは比べものにならないくらい大きいし、認証マークが付いた商品もたくさんあります。最近では使う人にとって良いものというだけじゃなく、その商品が環境や地域にどれだけ配慮しているかも選ばれるポイントになっています。
ーオーガニックの、その先の取り組みが大切になってきているわけですね。
酒井 未利用資源を活用していることや極めてトレーサブルであること。欧米からは、そんなアップサイクルであることが評価されます。労力やエネルギーを使ってわざわざ生産したものじゃなくて、使われなかったものから新しい価値を生みだしているのが素晴らしいと。
ーソーシャル・インパクトを伴うプロダクトへの関心がどんどん高まっていきそうですね。
酒井 たとえばクリーンビューティの例でいうと、化粧品の素材って世界中から調達されていて、入っているものがよくわからないこともあるんですね。でも肌に使うものなので、近年、それらを明らかにしようっていう流れになりました。それがいまでは環境負荷や社会課題にどれだけ取り組んでいるかも問われるようになっています。ファッションではこの流れが始まりつつありますけど、これからはいろいろな分野でこういう流れになっていくんじゃないでしょうか。
〈有機JAS米とは〉 農林水産省が定めた有機JAS法に基づいて生産・販売された米。堆肥等で土づくりをおこない、種まきまたは植え付け前2年以上、および栽培中も禁止された農薬や化学肥料を使用していないこと。農業生産による環境負荷をできる限り低減させ持続可能な生産をめざすこと。遺伝子組換え技術を使用しないこと。
〈USDA NOP オーガニック認証とは〉 米国農務省(USDA)が定める有機認証プログラム(NOP)に認可された手法で生産された食品、あるいはその他農業製品に与えられる認証。資源の循環を育み、生態系のバランスを整え、生物多様性を保護することが可能な、文化、生物、機械を使用しておこなう農法。合成肥料や下水汚泥、放射線照射、遺伝子操作の使用は不可。
〈エコサートCOSMOS認証とは〉 エコサートグループはオーガニックコスメ認証の世界シェア75%。持続可能な生産と消費を促進するために原材料の製造から最終製品の流通まで、あらゆる段階で人々の健康と環境への配慮、安全の原則に従ったオーガニックコスメに関する統一基準「COSMOS」を設けている。
サステナビリティやトレーサビリティだけではない魅力
ーファーメンステーションさんは発酵エタノールだけでなく、石鹸やハンドスプレーなどもつくられていますね。
酒井 発酵エタノールを製造すると必ず発酵粕がいっぱい残るんですね。お米なら米もろみ粕ですしリンゴやバナナでも発酵粕がでます。特に玄米の発酵粕には美容効果が高い成分が含まれていて石鹸や化粧品の原料としてすごく有効な機能があるんですよ。
ー粕だけれども発酵の働きで新たな価値が加わっているんですね。
酒井 そう、本当に発酵ってすごいんです。研究開発の過程で米もろみ粕を調べていたらセラミドやアミノ酸の他、抗酸化作用、抗老化作用、ヒアルロン酸保持効果など美容効果の高い成分がたくさん入っていることがわかったんです。発酵させることで元のお米より、もっといい成分が加わった粕ができる。じゃあそれをエキスにして活用しようということで生まれたのが米もろみ粕をそのまま入れた贅沢石鹸です。この米もろみ粕エキスもオーガニック認証を取得しています。
ー原料を無駄にせず使い切っているところが素晴らしい。
酒井 この石鹸を使っていただくと皆さん驚きますが、汚れは落ちるのに潤いはしっかり残るんです。
ーオーガニック石鹸って、汚れが落ちたのかどうかよくわからないときもありますよね。
酒井 汚れを落としながら肌にいいものをきちんと残す。そのために試作を重ねてつくりました。石鹸には、保湿力に富んだ米もろみ粕や数種の植物オイルなどが配合されています。米もろみ粕は配合できる限界まで入れています!
酒井 ちょっとハンドスプレーを実際に試してみませんか? ほのかにお米のいい香りがするんですよ。
ー手に付けてみたらエタノール特有の刺激がないですね。揮発するときのスーッとする感じが少ないし、肌がカサつかない気がします。それに無香料なのに日本酒のようなやさしい香りがします。
酒井 そうでしょう?玄米からつくった95%のエタノール、あとは水だけです。香料は入っていません。一般的なエタノールはあの刺激が嫌だという方が多いんですけど、それが本当に少ないし香りもいいので、お子さんも抵抗が少ないかもしれません。肌触りのいい発酵エタノールって、これまで世の中になかったと思いますよ。
ーサステナビリティやトレーサビリティだけではない魅力もあるということですね。
酒井 心地よい香りとか、こんなに肌触りのいい発酵エタノールをつくれる会社はないと思います。
エタノールづくりから”良いこと”の連鎖を起こしていきたい
ー発酵エタノールをつくるだけでなく、その後に出るものをこの石鹸やハンドスプレーのように再活用していく。それはまさにファーメンステーションさんが掲げる循環型社会のありようをかたちにしていますね。
酒井 休耕田の再生からはじまり、オーガニックライスの栽培、エタノールづくり、発酵粕の石鹸や化粧品への活用、さらに余った発酵粕を家畜の飼料にもしています。そしてその家畜の糞をたい肥にしてまた田んぼや畑に利用する。こういう風に未利用資源を使って、可能な限りゴミを出さず循環させていくことがファーメンステーションの仕事なんです。
ファーメンステーションという名前は、発酵+駅という意味なんですが、私たちの駅を通ると必ずいいことがある、前より良くなる、そんな存在になることをめざして名付けました。
〈ファーメンステーションが実践している発酵を軸にした循環フロー>
ー循環と未利用資源をコンセプトにして次々と良いことがつながっていくわけですね。
酒井 休耕田は病害虫の発生源になって、まわりの田んぼや畑によくないんです。田んぼが再生されれば農家さんの収入にもつながるし、カエルとか鳥が戻ってきて生態系にもいい影響があります。あとは田んぼって水を調整するダム機能もあるって言われていますよね。とにかく雑草だらけになってしまうと何も生まないわけですから。
ー発酵粕は家畜の飼料にもなるんですね。
酒井 石鹸や化粧品に使いきれなかった発酵粕を近隣の鶏や牛の飼料にしています。飼料としてはとても質のいいものなので、鶏たちはいい卵を産んでくれるし、牛たちも元気に育つそうです。その家畜たちの糞もすごく良くて田んぼや畑のたい肥になっています。遊休地でそのたい肥を与えてヒマワリを育てているんですけど、そこから取ったヒマワリ油は石鹸などに使っているんです。
ーしっかりと地域循環システムが出来上がっていますね。
酒井 これをしたくて起業したんです! ひとつのアクションでインパクトが連鎖していって、地元の農家さんにも良いことが起きるんです。食用のお米も売れたりとか、あの卵を使ったケーキやクッキーが売れたりとか、次々に良いことが広がっていく。
私たちのコミットメントは、すべての事業活動において、環境負荷を減らすとか、地域資源を利用するとか、フェアトレード製品を使うとか、何かをするたびにマルチに良いことがつながっていくことなんです。
ーこれまでの消費型はベネフィットが減っていくけれど、循環型はどんどん広がっていく。
酒井 皆さんも何かものを選ぶときに「これを選んだら自分以外の誰かにもいいことがあるかも」っていうのを心に留めておいていただけると嬉しいです。自分の選択で誰かをちょっと幸せにできる。それも良いことの連鎖だと思うんです。
ーでは、最後にファーメンステーションさんのこれからの目標をおしえてください。
酒井 ファーメンステーションのパーパスは発酵技術で社会をより良くしていく(Fermenting a Renewable Society)ことです。利用されずに廃棄されてしまうものってすごく多いんです。私たちは発酵技術によってそういった資源に新しい価値を与えたいんです。そして毎日使うものがそういう未利用資源からできているというのを当たり前にしていきたい。そうなれば社会課題も解決していくと思います。私たちもファーメンステーションを好きになってもらえるよう、もっともっといいものをつくっていきます!
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