「世界一貧しい大統領」ホセ・ムヒカさんに聞いた今、世界、福島とエネルギー| Vol.3
読みもの|8.30 Mon



 私たちは、そもそも「宗教や哲学といったかたちで先人が残してくれた教えを忘れてしまっている」と、ムヒカさんは指摘します。また、資本主義が横行する現代社会において、購入と消費を繰り返すこと以外の幸せが蔑ろにされていないか、警鐘も鳴らされていました。
 国連でのスピーチが世界中の方々の心を掴み、その壮絶な人生が書籍や映画のかたちでひろまった、稀代の大統領をタドるインタビューも遂に最終回。
 ムヒカさんは、その昔近所に住んでいた日本人移民の勤勉な働きぶりに感銘を受け、今も日本人へのリスペクトが強く心にあると仰います。曰く、地球のために「ものを沢山つくり、自然環境を破壊する連鎖を見直すべき」であり、本当の贅沢とは「質素な生活をしながら、心を豊かにするための時間を費やすこと」であると。
 全3回の貴重な独占インタビューを経て、何よりまず、私たちが自分自身をタドって生活を見直すことから、はじめたいと思います。


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——2016年4月、初来日されますね。

 とても遠いので大変だとは思いますが、頑張って行く予定です。

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——3月11日、原発事故から5周年を迎える日本、福島へも是非いらしてください。

 そうですね。

 自然の力は偉大です。それは、良くも悪くもなります。一定の期間が経過したチェルノブイリについてもっと知ることで、それが福島の良い教訓になればと思います。究極的には自然の力が解決へ導いてくれるものと信じています。

 福島の人々に、どうかよろしくお伝えください。

 日本は、私にとってわりと身近な国なのです。それは若い頃、ウルグアイに移住してきた日本の皆さんと、一緒に花作りの仕事をした経験からきています。日本人はとても勤勉で、皆から尊敬されていました。今でも、「もっと大勢の日本人がウルグアイに移住すればいいのに」と、思っています。

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大麻の合法化、その後と経済と政治

——ウルグアイでは「弾圧よりも、教育とコントロール」を掲げ、2013年の冬、大麻が合法化されました。その後の経過は、いかがですか?

 まず、今までの政策、取り締まりではまったく効果をあげられなかった経緯があります。大麻の禁止は、結果的には密売と消費の増加をもたらしました。

 一番の大きな問題は、密売人の取り締まりです。大麻使用者は、彼らの被害者です。麻薬使用者は、重い病気を患っている人たちだと言えます。だから、それは病気として対応する必要があります。つまりは、麻薬の密売人が国を滅ぼさせているのです。

 その阻止にはまず、大麻使用者が密売人に頼ることなく、正規ルートで大麻を入手できる道筋をつくる必要がありました。そして重度な麻薬の依存症者には、治療が必要なのです。

 何ごとも、程度の問題でしょう?

 たばこやお酒だって、もともと体には良くないものです。でもウイスキーの1、2杯ぐらいでは、誰も「いけない」とは言いません。しかし1リットルも呑んでしまえば、病院のお世話になってしまいます。

 つまり最終的な目的は、大麻の合法化によって「密売人の活動を制御しよう」ということです。

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——日本では古来より麻の文化が豊富で、油や布、紙など、様々な用途がありました。

 麻は優れた繊維ですね。その昔、船の帆は麻でできていました。麻を産業化できる可能性は、確かに検討すべき課題です。

——常々ご指摘のような、経済に支配されない、むしろ逆にコントロールできる政治に必要なものは何でしょう?

 アダム・スミスの時代までは、経済学には哲学と倫理が深く関係していました。しかし現在の経済からは、倫理的な思想が取り除かれています。本来経済は「社会を良くするためのもの」なのだから、倫理とモラルが必要なのです。

 しかし、現代社会は信仰さえも必要としない、無宗教な傾向にあります。加えて人間の欲は無限で、自分の利益しか考えようとしません。今の世の中には、「金銭的な利益を増やすことこそが幸せ」という価値観が蔓延しています。

 ものを沢山つくり、自然環境を破壊する、その連鎖を見直さなければなりません。それが地球のためになることです。

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——大きな中央政府に対して、市町村、共同体の力を強めるために必要なものは?

 市町村や共同体の力を強くするためには、一般市民が団結して、政治的な運動によって中央政府に変化を求めなければなりません。中央政府に対抗するためには、しっかりとした政党が必要です。

 政治の世界はそう簡単ではありません。また、一人の努力だけでは何もできないものです。まずはいい仲間、それは例えば賢い人、確かな情報を持っている人を仲間として持つことが大事です。そしてもちろん、自分自身も模範的な行動をしなければなりません。

——大きな富、資産を持っている方に、弱者を救い、社会をより良くするために出資していただく秘訣はありますか?

 たいていの資産家は、自ら「弱い者を救う」ということはしないでしょう。そこはやはり、税収しか方法はありません。つまり、支払い能力があるものには税を課して納めてもらうということです。実社会では「社会を良くするため」と、心から資産を提供してくれる人間はほんのわずかです。

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——では、社会における芸術の役割は?

 芸術は、社会の表現をする重要な役割を持っています。芸術によって、その社会の人々について知ることができます。

 例えば、ある国に資源が沢山あり、社会がいくら経済的に豊かであったとしても、そこに心に伝わる芸術がなければ「充実した社会」とはいえないでしょう。

世界一貧しい大統領が考える「贅沢」とは

——最後の質問です。あなたにとって「贅沢」とは何でしょう?

 質素な生活をしながらも、「自分の心を豊かにすることに時間を費やすこと」です。

 あなたが音楽愛好家であるならば、ステレオで良質な音楽を聞き、コンサートへ行くことがいいでしょう。スポーツが好きであれば、好みのチームの試合に行って、精一杯の応援をして、幸せな時間を過ごすことでしょう。

 豪華な車やお屋敷はいりません。そんなことは無駄遣いです。

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 人生で、これは特に若者に対して、最も大事なことは「教育」です。

 だから私は、家からすぐ近くに農業学校をつくりました。今はその学校を軌道に乗せることが、目下私にとっての大きな目標になっています。


 首都のモンテビデオから国道を北へ向かうと、高さ108メートルの巨大タービン群が視界に入ってきます。山の少ないウルグアイですが、平均時速8マイルの風が安定して吹く“草原”を資源として、エネルギーを産んでいました。

 彼の国は、昨年末パリで開催されたCOP21にて、09〜13年までと比較して、「17年までに二酸化炭素の排出量を88%削減する」と宣言しました。

 未来を先取りするウルグアイから、目が離せません。

(聞き手:平井有太/通訳:森菜穂子)

2016.04.05 Tue.

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記事を作った人たち

タドリスト
平井有太
エネルギーのポータルサイト「ENECT」編集長。1975年東京生、School of Visual Arts卒。96〜01年NY在住、2012〜15年福島市在住。家事と生活の現場から見えるSDGs実践家。あらゆる生命を軸に社会を促す「BIOCRACY(ビオクラシー)」提唱。著書に『虚人と巨人』(辰巳出版)など