タドれるカシミヤ フーディーMサイズ(アシンメトリー )ライトグレー/モカ
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<モンゴル滞在記 ~山羊を訪ねて三千里>   留学生アリウンとの出会いにモンゴルを識る

2022年8月。土壌の研究を志して某国立大学に通うモンゴルからの留学生、アリウン。インターンとしてUPDATERで働く彼女から母国のカシミヤ産業についての考えを聞いたのがきっかけで、旅先としては考えてもみなかったモンゴルの地に降り立つことになった。

予想に反してウランバートルの空港は明るく新しく、しかし市街地からはかなり離れた場所にある。公共の交通機関(タクシーでさえ!)がないため、夏休みで帰国中のアリウンの送迎がなかったら市街地までの足もままならないところだった。

アリウンと合流でき、ほっとして車に乗り込んだとたん、果てしなく広がる荒野を引き裂くように鋭い閃光が走り、ほどなく豪雨に見舞われた。ほとんど雨が降らないというウランバートル。「赤い英雄」を意味するこの地からの歓迎の稲妻か、否か。

そもそも排水溝がないという市街地の道路はまたたく間に冠水し、大渋滞となった。19時半過ぎに空港を出て予約していたオーロラホテルに到着したのは21時頃。初日はそれだけで終わった。昨年オープンしたばかりというホテルの部屋が欧米スタイルでシャワーだけで浴槽はないが十二分の広さだったのが助かった。

ウランバートル市街

まずモンゴルの魅力を体験しにゲルキャンプへ

翌朝、7時にホテルを出発してウランバートルから西へ250キロのゲルキャンプ「スイートゴビ」へ。今日明日は土日なので視察先のカシミヤ関連会社がお休みのため、まずはモンゴルという国のことを知るためにゲル泊の体験に向う。モンゴルは日本の約4倍の国土に人口は約1/40=約320万人。ほぼ半数が首都ウランバートルに住んでいる。遊牧民の割合は1割程度で「ゾド」と呼ばれる気象災害と急激な都市化により減少の一途にある。ワンボックスに乗り込み1時間も走ると、そこから先は果てしなく続く草原と青く広い空。羊、山羊、牛、馬の群れにしばしば道路を占拠されながら、6時間かけて今宵の宿スイートゴビキャンプに到着した。

スイートゴビキャンプ 
オレンジや黄色の扉が可愛い。左が留学生のアリウン

円形のゲル内部は想像したよりも広く、真ん中にストーブとテーブル、壁側にベッドが3つ、簡易的な洗面所もある。壁面の内部構造は蛇腹式の木製だそうで、天井は丸く開いていてそこから放射状に梁がわたされ、2本の柱で支えられている。全体を羊の毛でつくった厚いフエルトを巻き付けた直径4m高さ2.5mくらいのテント。遊牧民なら2時間くらいで1棟完成させることができるそう。トイレは別棟なので歩いていく。いわゆるぽっとんトイレで、最後におが屑のようなものをかける。乾燥しているからか日本の昔の公衆トイレのような鼻をつく臭いはなく、ハエなどの虫も少なく、ほっとした。

ゲスト用ゲルの内部
        

      

黄色い幕で覆われたところがトイレ。穴があるだけなので用をたしたらおが屑のようなものを逐次投入

30ほど点在する中で一番大きなゲルがレストランで、このゲルにはソーラーパネルが設置されていた。ほかの地域のゲルも同様だったので、遊牧民には太陽光発電がかなり普及しているようだ。レストランのゲルはかなり広く、少し離れたテーブルにはドイツ人夫婦のツーリストがガイドとおぼしきモンゴル人と楽しそうに談笑していた。昼食はカフェランチのようなワンプレートで、外国人ツーリスト向けのゲルキャンプなのがうかがえる。

レストラン内部 チベット仏教の影響がうかがえる5色のリボン

「今夜はすごい星空が見られると思いますよ。」

同行してくれたカシミヤ製品会社の若き社長トゥブシンさんが、日没は20時過ぎだからその前に夕食を済ませ、向こうに見える砂丘まで歩いて夕陽を見に行こうと言う。とにかく見渡す限りの地平線で何キロ先まで見えているかわからないほど遠くまで視界に入ってしまい、その砂丘までの距離が測れない。すごく遠いようにも、近いようにも見え、そこに向ってただひたすら歩けてしまうという不思議な感覚。わたしたちは皆、途中から裸足になって砂の丘に登り、茜色の夕陽を見つめた。

トゥブシンさんの予言通り、夜になると煌めく星のドームにすっぽりと包まれ、流れ星の天体ショーが繰り広げられた。ドームに張り付くように地平線のすれすれまで無数の星が見え、頭上には天の川がダイヤモンドダストをまぶした馬の尻尾のみたいに長く横たわっている。誰かが、人生の道に迷ったらモンゴルに来るといいと言った。あまりの雄大さにたいていのことはどうでもよくなるから。トゥブシンさんの仕事仲間のカメラマンやジャーナリストと一緒に星を見ているとモンゴル人とか日本人とか関係なく、みんな「地球の民」なんだという気がしてくる。真夏だが外にいるとダウンコートが必要なほど気温が下がり、モンゴルのウォッカEDENがすぐに空になった。

1000年前からサステナライフを実践してきた遊牧民

せっかくだから日の出を見ようとひとり早朝にゲルを抜け出すと、すぐそばに馬の群れがもう草を食んでいた。まだ陽は昇っていない。昨日遭遇した家畜の群れには遊牧民の姿はほとんどなく家畜たちは野生の群れのように自然にそこにいたが、今朝はもう数人の遊牧民が馬やバイクで群れを統制している。どうやら一日中ついて回るわけではないようだが彼らはどうやって家畜たちの動きを把握しているのだろう。

朝陽と馬の群れ

来た道をひたすら引き返して一旦ウランバートルに戻り、次はトゥブシンさんが契約しているカシミヤの原毛生産者の遊牧チャトゥラさんを訪ねることにした。

今度は東へ100キロほど。途中、唯一のテーマパークともいえるチンギス・ハーン騎馬像公園を通る。高原に突如現れる銀色の巨大騎馬像は40mもあり、歴史博物館も兼ねている。

チンギス・ハーン騎馬像

その先はダート道をひたすら走り、山をひとつ越えたあたり中央県のエルデネ地区にチャトゥラさん一家のゲルがあった。このゲルは夏の家で、冬の家は風が当たらないような山間にあるのだそう。遊牧民は地域の中でどこにゲルを建ててもよく、来年ここにいるかはわからないとチャトゥラさんは言った。山羊や羊、ヤク、牛など全部で1000頭ほど所有していて、春に山羊と羊の毛を刈りカシミヤとウールを、秋と冬には肉を売って生計をたてている。

カシミヤ山羊は寒暖の差が激しい山間部の山羊で、厳しい寒さに耐えるために外側の剛毛の内側に産毛のような柔毛が生える。春になると自然に抜け落ちる冬毛で、この柔毛が保温性保湿性に優れ、カシミヤの原毛となる。チャトゥラさんは3~5月の間、専用のクシ(バリカンのような電動ではなく、繊細な毛のための専用のクシ)で刈って原毛を出荷する。もちろん手作業で、1頭刈るのに40分くらいかかる。山羊たちとは7~8年共に過ごす。

カシミヤ山羊たちの群れ

「去年は雪が少なかったので草が足りなくなることを予想して頭数を調整したんだ。我々はいつも自然とのバランスを保って1000年やってきた。山羊は牧草を根こそぎ食べてしまうので1000頭のうち20%くらいが理想で、収入の面で山羊を増やす場合もギリギリ40%くらいまで。ウールには国からの助成金があるけど、カシミヤにはないので、トゥブシンさんと直接よい値段で契約できて満足してるよ。」

左からトゥブシンさん、チャトゥラさん、UPDATER野澤さん

 

そう、遊牧民には1000年の歴史がある。

自然と対話しながら動物たちを統制し、持続可能な独自のライフスタイルを貫いてきた。

1000年の間の気候変動は遊牧民間のコミュニケーションと言い伝えで情報として蓄積されており、あらゆる気象状況に遊牧という知恵で対応してきた。

 チャトゥラさんの奥さんができたてのヨーグルトとバターでもてなしてくれる。ゲルの外で、名門のモンゴル工科大学へ進学するという娘さんが食事を用意してくれていた。ほんとうの自家製という贅沢。

ミルクワンタンのよう。自家製バターを加えて

 最後に、チャトゥラさんにカシミヤセーターを着たことがあるか聞いてみた。

「ないよ。だって我々にはもっといいものがあるからね。冬は毛皮を着るのさ」と笑った。

一家の笑顔に見送られて、我々はカシミヤプロジェクトの夢を一層大きく膨らませ、ウランバートルへ向かった。

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記事を作った人たち

タドリスト
古谷尚子
神奈川県出身、鎌倉在住。某出版社に33年、編集者としてカリスマ美容家IKKOさんの書籍をベストセラーに。カラスミから器まで、なんでも自分で作ってみたい症候群。