【特別寄稿】呉 尚久:映画『シード ~生命の糧~』
読みもの|7.8 Mon

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  映画『シード』が、渋谷シアター・イメージフォーラム他で上映中。滑り出しは、「ぴあ映画初日満足度ランキング」で堂々の3位(満足度92.3%)と、上々だ。
 この映画への関心が高いことは、危機的状況に置かれている「種」について人々が認識し始めている証左と思える。そしてそれは、世界各地での酷暑に並んで日本でも明らかに、記録的豪雨など自然災害が増え、気候変動に対する認識が深まっている状況とシンクロする。
 私たち市民の力が本当に大きいとして、できるのは「選ぶ」ことだろう。
 選択肢は少しずつでも揃ってきた。その中から自ら考え「選ぶ」には、オープンにされた種、それはエネルギーにしても、その由来を知ることが必須となる。社会は、一人ひとりの選択の積み重ねによってつくられる。
 呉 尚久(くれ なおひさ)さんは、農業を含む新規事業を検討すべくみんな電力に来られた。そこでは「種」も一つの視点となる。早速、映画『SEED』について寄稿いただいた。

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  昨年、国はコメを含む主要作物の種子の生産・普及を都道府県に義務づけた、いわゆる「種子法」を廃止しました。しかし、多くの自治体が大手民間資本の参入による種子の独占リスクや地域固有の農業文化・技術の衰退に危機感を持ち、「条例化」による地域の種子の保護、農家への種子の安定供給、生産者の育成・確保に乗り出しています。
 また参院選後には、「農家が自分でタネを採ったり、増殖したりする事は原則OKだが、一部ダメな作物が有る」から、「農家が自分でタネを採ったり、増殖することは原則禁止で、一部OKな作物が有る」へと、種子の所有に関わる基本理念の逆転を意図した「種苗法改正法案」の上程が予測されています。
 この様な緊迫した国内の種子を巡る動きがある中で、映画『シード ~生命の糧~』との出会いは、私自身のマインドを整理する貴重な機会を与えてくれました。

スヴァールバル世界種子貯蔵庫

スヴァールバル世界種子貯蔵庫は、ノルウェー領スヴァールバル諸島最大の島・スピッツベルゲン島に位置する種子銀行。現代版「ノアの箱舟」とも称する

  映画はまず、各地に残された貴重な種子の保存に生涯をかける人々の姿を丁寧に描きます。そして、1万年前に人と出会った種子が、人と共に世界の隅々へと広がり、各地の自然環境に合わせて多様に進化したこと。その多様性が人々の命の糧となり、食の多様性を生み、豊かな食文化を支えてきたこと。
 まさに種子は、その殻の内に自然と人間が営んできた過去の全てを記録して未来へと繋ぐタイムカプセルであり、その保存と継承は現代に生きる我々の責務であることが、生命力溢れる美しい映像とともに語られます。

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  その一方で、かつては30万種も有った穀物・野菜の種子が現代では3万種に減り、今も減り続けている事実が示されます。アメリカでは実に94%の種子が絶滅し(例えばキャベツは549種から29種へ)、残った在来種子の調査すらなされない状況が続いています。
 この種子の絶滅は、自然災害に起因する場合もありつつ、ほとんどは人間の活動によって引き起こされました。
 1950年代からアメリカのロックフェラー財団は「緑の革命」を掲げ、農業の大規模化、効率化を推し進めました。それを契機に、大手種苗会社によるハイブリッド種子(日本ではF1と言われる)の導入が世界中で進み、種子は作物から採るものではなく、種苗会社から買うものへと変化していきました。結果として在来種の多くは農業の現場から排除され、採種されなくなり、絶滅の道を歩んできました。そして気づけば、94%の種子の喪失です。これは正に今、日本で進行していることとも重なります。
 ハイブリッド種子の開発と導入は確かに農産物の大量生産と安定流通を可能にしたという点では、農業の近代化におおいに寄与したと言えます。しかし、この映画が明示する様に、かけがえの無い宝として人類が未来に引き継ぐべき多様な種子群を失わせる原動力ともなりました。私たちの多くはその負の側面を知ることなく、毎日ハイブリッド種子の穀物・野菜を食べ続けています。生態学が教える様に、すべての生物種は周りの無数の生物種との関係をつくりながら必然的に存在しています。残念ながら絶滅した種が復活することは二度とありません。そのことに、多くの人々が気づいて欲しいと切に思います。

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  映画の話に戻ります。
 ハイブリッド種子の導入にあわせて、世界有数の化学会社が農業ビジネスに参入しました。最初は農薬の販売を通して、更には種苗会社の買収を通して。これによって農産物の生産性は一層高まりましたが、同時に世界各地で農薬による健康被害をもたらしました。大手化学品会社と健康被害を受けた住民が対峙する公聴会の実写フィルムでは、試験農場で散布されている農薬の種類・量に関する住民側の開示要求に対し、完全拒否を貫く会社側の姿勢が映し出されます。
 過去の公害訴訟での日本企業の態度を想起させますが、大企業に身を置いた経験のある私としては、「すべての大企業がこういうわけではないんだよ」と言いたくもなりました。どんなに大きく財力のある会社でも、社会倫理の欠如した会社はいつかは続かなくなるものです。

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過去世界50カ国、400以上の都市で、数百万人が反対してきた企業「モンサント」、そして遺伝子組み換えの作物、食品は、日本では普通に合法だ

  さらに映画は遺伝子組み換え作物(GMO)へと進みます。安全性への疑念が払拭されないまま、アメリカで作付けされる大豆、トウモロコシ、カノーラ(菜種)のほとんどすべてが既にGMOとなり、小麦にも広がりつつあることが示されます。これらの作物の日本への輸出国はアメリカとGMOが盛んなカナダですから、日本も立派なGMOの消費国と言えるでしょう。
 安全性への疑念に加え、GMOの最大の懸念は自然界の作物との自動的な交配です。GMOの作付け比率から考えると、アメリカやカナダでは自然の遺伝情報を純粋に受け継ぐ穀物は、ほぼ残されていないでしょう。GMOは、自然界の種子の多様な遺伝情報の存続を脅かす重要課題と言えます。
 またGMOは、農業界に特許紛争をもたらす契機となりました。
 映画はある小麦農家が大手種苗会社から特許侵害で訴えられ、敗訴した顛末を明らかにしています。隣接するGM小麦畑から花粉が飛んできて農家の在来小麦と交配し、農家も知らぬ間に除草剤耐性を有する小麦が増えました。これが種苗会社の知財権に抵触すると判断されたわけです。この判断には多くの方が違和感を覚えると思います。
 この様な交配を防ぐには、高い塀の設置などGMO畑と通常畑を物理的に隔てる必要がありますが、それを行う義務はむしろGMO畑の所有者またはGMO種子の供給会社に課せられるべきでしょう。映画はさらに、人為的改変を含むとは言え、自然の摂理に従う生物の所有権を人に認めて良いものか?という“そもそも論”にまで遡ります。
 経済原理を重視するか、それとも、自然の摂理を尊重するか、あるいは両者のバランスをとれるか。これは、自然物に対する権利を考える上での大切なテーマです。

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まだ見ぬ種を追い求め、世界の未開の地に入り続ける種子ハンター

  ハイブリッド種子導入までの経緯、農薬による健康被害、そしてGMOと種子の絶滅に関わる主要問題を一通りレビューした後、映画は種子の保存に取り組む人々の姿に再度フォーカスします。
 インドのある農家は遺伝子組み換え種子をやめ、子どもの頃から保管してきた在来種子を用いた有機農業を地域に広げる取り組みを開始します。化学品会社の農薬被害に苦しんでいたハワイの住人たちは農薬が届かない山地で、「FOOD FOREST」と称する在来種子のみの自然農園を立ち上げます。種子ハンターは世界の種子を明日に繋げるべく、未開の地に入り続けます。ある農家は地元に残る在来種子を漏らさず集めたシードバンクを設立し、その利用を未来の人々に委ねます。映画の冒頭に登場した老農家は、畑に佇み生涯をかけて保存してきた種子の行く末を案じ、自分がいなくなった後への不安を吐露します。
 これらの人々のメッセージは極めて明快です。

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  “いかに社会が経済原理で動こうとも、今に残る貴重な種子を守り、未来の人々に繋げなければならない。それに気づいた人がやらなければならない。それに気づく人を一人でも増やさなければならない。そのためにできることは、すべてやろう。みんなで種子を植えよう。種を採ろう。それを永久に続けよう”。
 この映画は、人類が自然とともに長い時間かけて獲得してきた種子の多様性を、経済原理に縛られた現代社会が破壊し続けてきたことを告発します。そして、「本当にこれで良いのか?」、「人類の未来は大丈夫なのか?」と鋭く問いかけます。その答えを出すのは私たち一人ひとりなのでしょう。

ヴァンダナ・シヴァ

インドの哲学者、環境活動家ヴァンダナ・シヴァ。曰く、「種の自由なしに私たちの自由はない」。先述の緑の革命や遺伝子組換え作物に批判的

 “私は”といえば、経済原理一本やりの現代社会に、自然の摂理を尊重し、生物の多様性を意識的に保全する仕組みをビルトインする必要性を真剣に考える人間です。そして、日本でも進行する在来種子の消滅を大変危惧する人間の一人でもあります。
 私たちが毎日口にする穀物や野菜、その種子への生活者の関心をいかに高めるかを、みんな電力が目指す新規事業と関連づけて追及していきたいと考える毎日です。
 最後に、この映画の日本での上映に尽力されたユナイテッドピープル株式会社の関根健次様に、心より敬意を表します。また、本文を読んで興味を持たれた方はぜひ劇場へ足を運んでみて下さい。映画の内容はもちろん、映像の美しさにも感銘すること請け合いです。

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写真

呉 尚久 みんな電力 顧問

(写真左が呉氏。右は配給・UNITED PEOPLE代表の関根氏)
札幌生まれ。
広島大学理学研究科にて博士号取得(物性学)。
花王株式会社にてビューティケア研究開発を統括、執行役員を務める。
足立直樹氏の著作『生物多様性経営』に啓発され、退任後は東京環境工科専門学校に入学。
生態学や動植物の生理・生態、調査手法を泥臭く学ぶ。
“自然との繋がり”を軸に、「人と地域が元気になる活動」を各地で行うNPO法人地球元気村に顧問として参画(継続中)。
本年6月より、みんな電力株式会社にて農業を含む新規事業を検討している。
趣味は、登山、生き物探し、ベランダ菜園、縄文学、音楽鑑賞など。
現在64歳。

来週火曜公開の記事は、実際に「顔が見えるでんき」に切り替えられたお客さまにみんな電力・鎌田が加わり、鼎談です

 

(取材・文:呉 尚久)
2019.7.4 thu.
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