【第2回】小澤陽祐|スローなコーヒーの20年
読みもの|8.3 Mon

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  若くしてナマケモノ倶楽部と出会い、今もオーガニック業界で活躍を続けられる諸先輩がたからの熱い期待とサポートを一身に受け、それから20年もの間スローコーヒーを牽引してきた小澤さん。今年はそのメモリアルイヤーです。
 ゆっくりなようでいて最先端でもある、絶妙なバランス感覚には、常にプレイヤーにフレッシュかつ核心を瞬時に掴む手腕を求めてくるヒップホップ・カルチャーからの影響が見え隠れします。
 小澤さんにとって、コーヒーの歴史と黒人奴隷の差別や搾取の問題が重なって始めたコーヒー業、その最初は仲間たちと「美味しいコーヒーとは?」を模索するところからでした。
 美味しいオーガニックでフェアなコーヒーへの道のりは、平坦ではありません。日本のオーガニック業界の歴史とも重なる話を、お楽しみください。

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ーコーヒーにおける「美味しさ」とは?
小澤 味覚のことですし、好みは千差万別ですが、とはいえたくさんの方に飲んでもらう中で、だいたい7割くらいの方々から「美味しいね」と言われるコーヒーを目指しています。まずはそれが、「客観的に美味しいもの」なのだろうと思っています。
 例えば「酸っぱい」だけだと、日本人は味覚的にあまり好きじゃないように思います。どちらかと言うと苦味、甘みが好まれ、コーヒー本来にはそのすべてがあり、特にオーガニックのコーヒーには「甘みが強い」と思います。それを深く焙煎していくと苦味、浅いと酸味なんですが、煎っていくうちに酸味が苦味に抑えられて、それを甘さがとりもっているという、そういうイメージのコーヒーは美味しいんじゃないかという感覚でいます。
 あとは飲んだ時に嫌な苦味が残らない、「すっきり感」も甘みからくると思うんですが、僕らのコーヒーにはそれがあると思っています。つまり、「後味・余韻がいい」という。
ーそしてさらに、そこに産地も関わってくる。

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小澤 当初僕らが持っていた豆はブラジルとエクアドルだけだったんですが、そこからメキシコ、コロンビアと増えていきました。扱う豆は、割と中南米産が多いです。それはフェアトレードでオーガニックで、かつ僕らが「美味しい」と思う豆に、そこまで選択肢はないのが理由です。
 街のコーヒー屋さんに行くと20種類以上豆が並んでいたりしますが、その中でオーガニックでフェアトレード、かつ「美味しい」となると、それは今でもそこまで選択しはないと思います。
 僕らにとっては、何より「美味しいコーヒーでありたい」という気持ちが強い。これまでも「この豆試して」などと言われることはあるんですが、飲んでみても「パンチがないね」みたいなことで、なかなかラインナップに加えられませんでした。
 街の豆屋さんで、たくさんの豆を並べて売ってる商売ならたくさんあっていいと思います。しかし僕らは「卸売」という業態を選びました。そうなると、そこまで種類が必要ない。だってUCCさんとかキーコーヒーさんとか大手企業まで含めてたくさんの選択肢がある中で、フェイスの決まっているスーパーの棚に入っていくこと自体が大変なのに、そこに10種類も必要ないわけです。
 だから、僕らが一番自信を持てる「ちょっとすごいコーヒー」で、そのネーミングのインパクトも含めて切り込んでいって、それでやっと1フェイス、豆と粉があるので2フェイスとれると。そう考えるといたずらにラインナップを増やせないですし、そもそもフェアトレードは長く取り引きしたいわけです。適当に選んで、やってみて「売れないからやめよう」みたいなことはやりたくないので、種類は全然増えなくて、この20年で6銘柄くらいで落ち着いています。
ー先ほどのナチュラル=発酵コーヒーは?

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小澤 あれは新規開拓で、満を持して取り扱いを始めました。
 今日本では、サードウェーブコーヒーが流行って10年近く経ちます。その後「スペシャルティ」が業界を席巻していくわけですが、「スペシャルティ=オーガニック」ではないので、僕らは手を出せないでいました。でも流行っているのは見ていて「ブルーボトルが来た」とか、清澄白河がコーヒーの街になっていく動きとか、でも僕らのアイデンティティはオーガニックやフェアトレードであると。だから「知ってるけど、やれない」というジレンマを抱えていました。

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ローハン・マーリー来日時にマーリーコーヒー・ジャパンのインタビューに同行させてもらった時の一枚。ローハン・マーリーはボクたちが焙煎した
ブルーマウンテンのコーヒーを美味しいと言ってくれて、ボブ・マーリーの息子らしく「ラスタ・ファー・アーイ!!」と何回も言っていた

 それがやっと、長く豆を分けてもらってきたコロンビア人の仲介者がいて、彼は本当にナチュラルとか、研究者としてその最先端にいる存在で、コロンビアに農園や研究施設も持っています。ピースボート経由で日本に辿り着いた人で、あのマーリーコーヒー・ジャパンを立ち上げた一人でもあり、そんなご縁で、僕も実際にローハン・マーリーにも会いに行きました。そんな流れで、一時はマーリーコーヒーもウチで焙煎して、僕もローハンにインタビューをさせてもらいました。すごく格好いい人でした(笑)。
 そのきっかけになったコロンビア人の彼が、「小澤さんにもナチュラルでオーガニックの豆、分けられるよ」という風に言ってくれて、それが今年から、満を持してスタートしたんです。
 やはりすごく好評です。
ーお仕事が波に乗り出す、何らかきっかけはあったんでしょうか?
小澤 7年目くらいからでしょうか。
 一緒に始めたあとの2人のうち、一人は途中この事務所に住み込みもして、彼は岐阜出身で松戸に身寄りもなく、当然食えていけなかったので一年で辞めていきました。
 もう一人は津田沼出身で焙煎をずっとやってくれていたんですが、彼も「5年やって食えなかったら辞める」という約束を親として、当時働いていた会社辞めて一緒に始めていたんです。でも結局、その5年を1年は延長してくれたんですが、目標にしていた給与額にならなかったので、「けじめをつける」って、本当に武士みたいなやつで(笑)、辞めていったんです。
 そうは言っても6年やっていれば、それなりの収入にはなりつつあったんですが、社会的なオーガニックの認知度みたいなものも広がりつつあり、引き合いも増えてきていました。だから、僕は続けられたんです。
 それから、『奇跡のリンゴ』の木村さんの話を聞いていたり、ナチュラル・ハーモニーの河名社長のお話を伺っていたことも大きかったです。「10年間りんごがならなかった」とか、「30代なんて食えないぞ、お前ら」ということは散々言われていて、おかげさまで「こんなものか」と思えていたんです。
 でもそれが2007年くらいから、風向きが変わっていった手応えはありました。
ーそれにはたぶん、オーガニック業界そのものの市民権みたいなことも連動している気がします。

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小澤 昔は特に、すごく狭いパイだったと思うんです。でもその中で先輩方の行動を見ていると、なぜかいがみ合ったり、足を引っ張りあったりしている気がして(笑)。
 「ナントカ派vsナントカ派」とか、「あっちはニセモノだ!」みたいなことって、僕の分析としては、それぞれのアイデンティティが強過ぎたんだと思います。
 でもそれは言い方を変えれば、そういう方々だからこそ「切り拓いて」、「突破してこれた」んだと思うんです。僕らはそんな先輩方の背中を見ながら、つくってくれた道を歩いて来て、「オレらも頑張ろう」と思ってきたわけです。
 ですので、僕からは先輩方に感謝とリスペクト、敬意しかないんですが、でも「『戦う』ことだけは違うな」と。全然戦わなくていいし、そこに余計なパワーを使うより、狭いパイをもっと外に広げていくことに繋げていければと思っています。
 それはコーヒー業界、フェアトレード業界もそうじゃないでしょうか。ただでさえ数のない棚を業界内で取り合うのは殺伐とし過ぎてしまうので(笑)、僕らは僕らのスタイルで広げていきますし、皆で住み分けというか、常に意識は外に向けるようにしてきました。
 ただ、大手さんの棚を取ることは、フェアトレードコーヒーがアンフェアなコーヒーに取って代わることですから、それはいいことだと思っています。どうせ魂を燃やすなら、そういうことに対してがいいなって。
ーそのお話は、再生可能エネルギーを社会に広めていく過程と重なる気がします。そういう側面にシンパシーを感じてくださって、早々にみんな電力に切り替えてくださったんでしょうか?
小澤 僕らがみんな電力さんに切り替えたのは、「誰かが犠牲になっている電気は嫌だな」という、本当にそれだけでした。
ー児童労働や搾取の問題に対するカウンターとしてのフェアトレード精神、そのままである。

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小澤 電気については、当たり前に「なんでみんな替えないの?」という感じです。だから、もともとそんなに相見積をとるようなこともしなくて、そもそもどこでみんな電力さんを最初に見たのかも忘れちゃいました(笑)。
 でも、僕たちはその前にオフグリッドをしていたんです。
 ここの屋上にソーラーパネル付けて、蓄電して焙煎機を動かして、曇りが続いてバッテリーが空になったら自動的に東電に切り替わるという仕組みにしていました。結構パネルも多めにつけて、電力はいつも余剰があるくらい発電していて、東電に切り替わることはほぼありませんでした。
 でも、そのプロジェクトが諸事情でダメになっちゃって発電できなくなった時に、「せめて再エネにしよう」ということで、みんでんさんとはそのタイミングで、オーガニックライフスタイルEXPOで会ったんじゃなかったかな、、
ー普通なかなか、発電まではしないですよね?

コーヒーをつくりたい

小澤 普通じゃないかもしれません(笑)。
 あれは、ジブリが原発事故の後に、自社に「ジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」って掲げていたのを見て、僕も「スローコーヒーは原発ぬきの電気でコーヒーをつくりたい」って思ったんです。
 当時greenzがやってたソーラーパネルのワークショップに出て「簡単じゃん」ということで、焙煎機を見たらモーターも300ワットくらいで動くので「なんだ、全然いけるじゃん」と。
 それで実際にそのジブリ風のセリフをここでも掲げて、クラウドファンディングをしました。
 すると、一気に「頑張れよ」、「よくやってくれた」みたいな反響が集まって「あ、やっぱりみんな同じことを思ってたんだ」って、それは嬉しい体験でした。「グッドバイブレーションなコーヒーを届けたい」というプロジェクトで、100万円くらいのシステムに120万円くらいが集まったんです。

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8/1(土)に開催した、20周年記念のオンラインパーティーも大成功だったSlow Coffee。自分たちで実際に
発電までして焙煎していたコーヒー屋さんはなかなかいません。次回、ついに最終回は6日(木)です、お楽しみに

【初回】小澤陽祐|スローなコーヒーの20年

【最終回】小澤陽祐|スローなコーヒーの20年

 

(取材:平井有太)
2020.06.30 tue.
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