【特別寄稿】西田滋彦 「伊賀・忍者・地産地消の精神」(後編)
読みもの|7.29 Mon

 (株式会社マツザキ・松崎社長が乗り越えてきた困難について、前編から続き)
まず、第一に環境配慮の観点だ。
以下、馬野川小水力発電復活プロジェクトニュース 創刊号より抜粋。

オオサンショウウオ保護対策実施中

 馬野川には国の特別天然記念物のオオサンショウウオが生息している可能性があるため、2018年7月20日から22日の夜間連続3日間で、工事による影響範囲を含む全長約2kmに渡り、オオサンショウウオの生息状況調査を実施。工事完了後も五年間は継続して生息状況調査を行う。また、工事においてもオオサンショウウオの生態に影響を与えないような工法を採用して実施していく予定。
 ニュースには上記の記述があるが、ニュースにも書ききれない、様々なエピソードがあったと推測している。
 第二に、一級河川と普通河川の区別の明確化だ。
人間の生活になくてはならない水は、行政や市民との合意形成が容易ではない。
地番と実際の地形の解釈を巡る攻防は、私が想像する以上に困難が伴うはずだ。
 これらのハードルを乗り越え、2018年6月から建設工事に着手する。
建設工事と一口に言っても想像できない読者もいるだろう。現地を訪問するまで私がそうだった。
建設工事は以下のとおりである。

取水地の工事現場

 導水路工事、作業道の開設工事、立木の伐採と伐採木搬出、岩盤の破砕、導水管路は全延長約1,000mにも及ぶ。
そして、発電所建屋工事が2018年9月より造成工事が開始される。造成工事完了後、建屋建築工事に着手。水車や発電機が収まるのは地面の下になるので、地下の基礎工事から開始し、12月末で基礎工事が完了。
12月より取水地の工事を開始し、仮設工事を行い、護岸工事(ブロック積)も行う。
 発電所の建屋は伊賀の木を使った木造建物で建築。地権者のご厚意により、現場で伐採した立木もこの建屋に多く使われている。

松崎社長_写真右とみんな電力社員の柿木氏_写真左

                          松崎社長(写真右)とみんな電力・柿木氏

 平成、令和の時代でも馬野川小水力発電所の工事は難航した。
頭を悩ませる松崎社長に励ましを与えていたのは、大正時代に旧馬野川水力発電が稼働していた事実だ。大正時代の発電所はすべて人の手でつくられている。
大正時代の人間につくれて、平成令和に生きる人間につくれないわけがない。
歴史を知ることは、今を生きる人々に多大な励ましを与えてくれる。
 ESG、SDGs、RE100が各メディアで連日報道され、意志を持って消費する電力を再生可能エネルギーに切り替える動きが加速している。
ただ、その意志と同様に、
いや、それ以上に再エネ電源を開発し、電力を生産しようとする意志は強固であり高みをゆくことを、株式会社マツザキは教えてくれている。
 馬野川小水力発電所の発電出力は199kW。
ここで生み出される電力のエネルギーは全国の電力需要量からすると、ごくわずかだ。
ただし、小資本のイチ民間企業が水力発電所の再生に生涯を賭けて取り組んでいる。この松崎親子のエネルギーは並大抵のものではない。
私はここまで再エネ発電源の開発に「執念」という名のエネルギーを燃やし続けた人を、知らない。

いが☆グリオ氏

 話は少し脱線する。
上記画像の右下のキャラクターをご覧いただきたい。
いが☆グリオ」氏のことだ。
 数年前に日本全国でゆるきゃらブームが巻き起こった。
一般の方に分かりやすい価値である、かわいさ、親しみやすさを訴求し、それらを表現したゆるきゃらが、全国各地に溢れんばかりに存在した。
当時、全国の自治体がかわいさや親しみやすさを売り出す時代の空気感が確かにあった。その時代背景の中、私は上記画像の右下に君臨するいが☆グリオ氏から視線を外すことができない。
 なぜ、おへそが丸出しなのか。
そして、何故ふくよかなお腹をそのまま表現しているのか。
 私はここに「自然」を視る。
 一般的な方々が評価する「お腹」のビジュアルが、いわゆる世俗的価値を超えるのは難しい。
そういった価値判断基準を超えて、シンプルにそこにある、ただ「存在していること」(=ふくよかなお腹)こその価値を、いが☆グリオ氏は存在で語っている。
 「かわいい」から価値があるのではない。
この世にごく自然に存在しているからこそ、価値を宿している。
そのことをいが☆グリオ氏は教えてくれる。
世間の空気感に流されることなく独自の価値基準を設けるのは、古来より引き継がれた伊賀の文化であり歴史であるように思う。
 「忍者」と「電力の地産地消」。
本投稿記事では、この二つについて取り上げてきた。
これらは何の関係もなさそうに見えるが、忍者の血を引く私には分かる。
この2つに共通するのは「自治の精神」だ。
伊賀の源流には確かに強固な自治の精神が存在している。
 時の政権に屈することなく、自分たちの事はそこに住む地域住民の方々が意思決定を行う。
これを重んずる風土が伊賀にはあった。
戦国時代に、伊賀を統治しようとする強力な権力者(織田信長)が現れても簡単に屈することはない。
権力者による不条理な命令に対しては、安易に従うことはない。世の中の不条理を正当化させまいとする反骨精神をエネルギー源として、忍者は常人離れした修練を重ねた。
 伊賀上野市にある伊賀流忍者博物館を訪れると、忍者の精神を学ぶことができる。

伊賀上野駅までは忍者列車で

伊賀流忍者博物館

伊賀流忍者博物館

 忍者の術は人物が突然消えたり、現れたり。数々のカラクリは子供にも大人にも驚きを与え、エンターテイメントとしても楽しむことができる。

忍者は人一倍自然環境に敏感な職業

                            忍者は人一倍自然環境に敏感な職業

 ただ、なぜ忍者はその術を身につけようとしたのか。
 常人離れした技術を身につけるためには、強烈な動機付けが必要になる。
忍者は修練のため、親指と人差し指で米一俵(60kg)を持ち上げる鍛錬をしてきた。

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 それは、忍びの為に指だけで自身の身体を支えるためであり、
忍びの最終目的は自治の実現にあったと私は読み解いている。
 忍者は自らの身体能力をどう鍛え上げ、どのような理想を実現したかったのか。
誰もが好む忍者の表層的な術だけではなく、奥行きのある忍者の世界観を知るには、伊賀上野市にある伊賀流忍者博物館がうってつけだ。
 忍者の血を引く私がイノベーションにこだわる理由。その答えは、私のルーツの忍者に答えがあると思い知らされる旅となった。
忍者の術は、世間一般の方々の知覚(対象物の意味の理解)の逆を実現しようとするモノであり、私はそこに忍者とイノベーションとの共通項を見出そうとしている。
世間が想像もできないような、新たな「〇〇の術!」。これこそがまさにイノベーションだ。
忍者は新たな術(イノベーション)により自らの正義を実現させようとする。
 時の権力者にも忍者にも、それぞれの正義がある。人の営みにおいては絶対的な正義は存在し得ない。ただし、己の正義を実現させようとすることこそが、生物としての絶対的な正義であるように思われる。
古来の伊賀人、そして令和の伊賀人こと株式会社マツザキの正義を直視することで、そのことに気づかされたのである。
 現在の中央集権国家構造の元、全国の地方自治体の自治、持続可能性が問われている。
国家からの富の再配分という恩恵に甘んずる事なく、地方から自治、自主自律、反骨心、独立、媚びない、依存しない、というキーワードが浮上することを望んでいる。
 そして、上記のキーワードを好む傾向にある読者であれば、生涯で一度だけでもアクセスの悪い伊賀に足を運んでほしい。そこで馬野川小水力発電所を見て、そして伊賀上野市にある伊賀流忍者博物館で忍者の精神に触れていただきたい。
 忍者の街として有名な伊賀も甲賀もそれを分け隔てていたのは住んでいた場所だけだ。
忍者で描かれる世界は、自治の精神という生物としての根源的な欲求を昇華したに過ぎない。
伊賀に受け継がれる自治の精神なしには、馬野川小水力発電所の再稼働はなし得なかったと私は確信している。
 馬野川小水力発電所でつくられる電力は再生可能エネルギーと呼ぶのは適切ではない。
再稼働を果たした真野川小水力発電所の電力は、”再々生”可能エネルギーと呼ぶのがふさわしい。
 馬野川小水力発電所が実現した二つの再生は、令和を生きる我々に多くの示唆を与えてくれている。
 余談になるが、松崎社長にすすめられた伊賀の地酒こと「義左衛門(ぎざえもん)」(若戎酒造株式会社製造)を社内向けのお土産品として購入した。
購入した地酒は、伊賀出張を共にした社員との語りをつまみとして、あっけなく空となる。
伊賀で学んだ地産地消の精神は、
お土産品を購入した人が自らすべて消費するという、形を変えた地産地消となった。
 お土産品を購入したという報を聞いたみんな電力の社員は、社内に存在するはずの地酒がないことに驚きを覚える。
 「お土産品の地産地消で、実はお土産品なし、の術」
甲賀忍者の末裔として面目躍如である。

よい忍者の条件 10か条

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西田滋彦 みんな電力 事業本部 パワーイノベーション部

1980年千葉県柏市生まれ。立教大学社会学部でイノベーションを専攻。四輪車メーカーで「走る茶室」をコンセプトにした商品企画に携わりたいとの思いから入社。京都への出向を志願し実現するものの、いつの間にか営業ノルマに対する精神の摩耗を癒す神社仏閣(茶室)巡りに終始することになる。その後、大阪ガスグループのマーケティング会社で「新市場創造型商品コンセプト」に触れる。外資系太陽光パネルメーカーでは創業1年目より8年間国内の再生可能エネルギーの拡大に努める。
再生可能エネルギーの恩恵をより多くの関係者が享受する仕組みの構築を目指し、みんな電力株式会社に転職。イノベーションの実現こそが最大の社会貢献という信念の元、再エネ発電所の電力を中心とした価値の仕入れ、および新たな概念の価値創出の実現に取り組んでいる。

伊賀の忍者にまで通底する地産地消の精神、いかがでしたでしょうか?
あらゆる電気には産地があり、そこに生産者の想いが込められていること、伝われば幸いです。

 

(取材・文:西田滋彦)
2019.07.19 fri.
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