【第2回】自由の森学園が、電力をみんな電力に切り替えた 理由 ( わけ )
「みんなの電力」ではなく、「みんな電力」。それはつまり、誰かに任せっきりではなく、お互いに顔が見える関係で、一人一人がつくっていく社会のかたち。
全3回の自由の森学園・鬼沢理事長インタビューの第2回を、お届けします。
第一は、自然エネルギーの比率。どれほど、再生可能エネルギーを使っているか。
2番目は、経営の安定性。いきなり方針が変わっちゃうとか、潰れちゃうとかは困るから、経営が安定していて、責任をもって電力を供給してくれること。
3番目は価格。「うんと高くてもいい」という議論もなくはないけれど、それは経営合理性からいって困る。できれば安く。ただ、「安かろう、悪かろう」は困るけど。
4番目は、実はここが最終的には「みんな電力」の決め手だったんだけど、この学園の教育との親和性ということを考えました。
木工室。生徒たちは授業の中でも、木材と触れ合い、ベンチや棚などをつくりながら馴染みを深めていく
そうじゃなくて、「電力を供給してる人たち、その周辺に生きてる人たちは、どんな人たちなの?」ということが、ちゃんとわかる。あの事故については、「そういう繋がりが途切れたから、ああなったんだ」と思うわけです。実際にあそこに自分の親戚が生きていれば、当たり前に親身になれているはずだったと思う。そこにいる人たちに「自分たちと同じ、想いや暮らしがある人間なんだ」って思って電気を使うことは、「とても大事な教育なんじゃないの?」と思ったんですよ。
距離の近い、顔が見える関係で、電力を供給していただき、それを自分たちが大切に使うという感覚は、例えば農産物で言う「地産地消」にも繋がります。そしてエネルギーは、本来ならば地産地消であるべきで。
僕がイメージしたのは、じゃあそれが八王子の酪農家さんから来ている電気だったら、いずれは生徒たちがそういうところに出掛けて行って、電力を供給してくださってる方の話を聞いたり、場面を見たりということが教育活動として展開することが、「みんな電力とだったら可能だ」と。それは、誰かが巨大なメガーソーラーをどこかに持ってて、設置されている誰もいないようなところに行って、「すげえな」と言うのとは違う。
やっぱり、あの大きな事故は、僕は、都会の人たちが湯水のようにエネルギーを使ってるという、その中から生まれた部分を感じています。だから、やっぱり「君たちにはエネルギーを大事に使って欲しい」、「節電しろ」ということを前段で喋って(笑)、ついては「電力をみんな電力に替える」、「今日は社長も来てくださっている」と。
日々当たり前に挿したコンセントの先で、どんな人がどんな風に発電しているかを想像してみる
源ちゃんは、中一から高三まで僕の学年にいたけど、あんなになるなんて誰も思ってないよ。大人しい、普通の子。同学年にずっとやんちゃな子はたくさんいた。まあ、ユージはえらくやんちゃだったよね。ハマケンも在学中からあんな感じだった。
美術棟写真
僕には「そんなに無理して、自分探しすんなよ」という想いもあるんです。「そんな上手くいくわけねえじゃん」と思うんですが、でもやっぱりここでは、それぞれの「個性的であらねばならぬ」という何かが働いちゃって、ちょっとしんどそう。
それはキツいでしょう?別に人と一緒だって、いい部分もあるじゃん。だけどなんとなく、自由の森に流れてる空気には「人と違わねばならない」というある種のバイアスがあると思う。そのさじ加減がどの程度かっていうのが重要で、やっぱり「みんな同じにしろ」というのはいけない。その雰囲気の中で子どもたちは6年とか3年とかを生きて、何かを見つけて、もしくは探索中のまま、出て行く。
理事長の案内で校内を歩いていると、先生の監督のもと、生徒たちが木を切り倒す場面に出くわした
そして今、僕らが言い始めているのは「持続可能性」、「サステナブル」ということ。この学校ができたのは85年なんだけど、その価値は当時、つまりバブルの時代から比べると、遥かにウェイトが大きくなっている。今の世界を見ていくキーワードの一つは、「持続可能であるのか?」ということで、それは原発だけの問題じゃないし、温暖化の問題もあって。
無事、倒木完了。迫力ある場面でした