【第1回】毛利悠子|ノイズと即興と電気とアート
読みもの|8.14 Mon

mouri

  毛利悠子。
 日本にはなかなか浸透しない現代美術の世界で、30代の妙齢にしてとっくに世界に羽ばたき、台湾のギャラリーに所属し、欧米の名うてのキュレーターたちと渡り合い、その作品に触れる人々を唸らせ続けているアーティストだ。
 毛利を語る上で重要な「ノイズ」と「即興」とは何か、馴染みない方々への説明はするほどに無粋になってしまうかもしれない。「作品のインフラ」と位置付ける電気を多用しながら、感電も日常茶飯事という彼女が制作の根底に持っているもの。
 坂本龍一氏、大友良英氏が「刺激を受ける」と言って憚らず、文化庁の芸術選奨(平成28年度)を橋爪功氏、庵野秀明氏、宮藤官九郎氏、秋本治氏などと並んでサラッととってしまう本人に、話を聞いた。

 

ー今は「札幌国際芸術祭2017」の準備中?
毛利 そうです。札幌がはじまったらその後はヨーロッパでの展覧会が続くから、諸々の作品も同時につくってます。
 9月にフランスで「リヨン・ビエンナーレ2017」、その後に同じくフランスのポンピドゥー・センター・メスで展覧会があって。しかも、偶然なんですけど、メスの館長さんが今回の「リヨン・ビエンナーレ」のゲスト・キュレーターだったりして、2つの展覧会には妙に繋がりがあるんです。メスの展覧会は1970年以降の日本人作家を総ざらいするグループ展で、杉本博司さんやChim↑Pomなんかも出品するみたい。
ー世界で活躍されていますね。
毛利 逆に言うと、日本にあんまりお仕事がないということかもしれない(笑)。もっと日本でも展覧会をやりたいとは思ってるんですけど、所属ギャラリーが台湾にあるので、外国の仕事が自然に増えました。
ー毛利さんの作品は、何らか電気を使用していることが多くて、いつもパタパタかわいらしく動いている印象です。
毛利 ありがとうございます。その表現は間違ってない(笑)。もともとはオーディオ機材や動力のあるものに興味があって、キネティック(動きのある)な方面から作品を制作してたんですが、ある時、自分がインフラストラクチャーに興味を持っていることに気がついて。それは「モノとモノの見えない部分での繋がり」と言い換えてもいい。水流だったり、電網だったり、そして、電気があるところには必ず磁力もあったり、、そういう「目に見えないエネルギーの循環」に関心があるんです。

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 自分の作品を説明するときに今みたいなことを言っても、聞く人は「はて?」となることが多いので(笑)、とりあえずは“サウンドアート”や“キネティックアート”といったジャンルに括って説明することで納得してもらいます。でも実際は、オブジェ自体だけでなく、それを取り巻いているさまざまなエネルギーやエコシステムを意識して、その全体を一つの作品だと考えているんです。
ー具体的に、どういったことでしょう?
毛利 私の作品は観た人から「まるで生きてるようだ」とか、点滅してるライトが「オーガニックな感じがする」といった感想をよくいただくのですが、それらは単に偶然の産物で。
ーそれらは生きてないし、オーガニックでもない。
毛利 そう、ホントは無機物が動いてるだけ。でも、そう見えるにはもちろん理由があるんです。その際に意識してるのは、機械とか電子部品だけでなく、作品の中に、自分でコントロールできないものを取り入れること。で、私にとって本当に重要なのは、後者の方なんです。
 例えば、すべてデジタルで構築した装置はエラーが起こる確率が少ないけれど、そうはせずに、わざとエラーが起こる可能性を残しておく。回路をつくる時には自然光で変化するセンサーを噛ませるとか、電流を流すスイッチにコンパス(方位磁石)の針を使うとか。コンパスの針は面白くて、地球の磁力でももちろん針が揺れるけれど、建物の床がクッションフロアか鉄筋かによっても動きが変わってくる。
 つまり、作品が展示される環境によって、スイッチの動きが変化するわけ。そういった偶然性の要素を作品に取り入れて、電気を使って増幅させることで、作品に予測できない表情が出てくるんです。

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コンパスの針が揺れている様子 鑑賞している来場者
Calls, 2016 《コールズ》2016 Kochi-Muziris Biennale 2016, photo by Kochi-Muziris Biennale foundation

 些細なことだけど、アンコントローラブルな部分を作品に呼び込むことで──例えばそれは、展示会場におけるエアコンの風でもいい──、作品から何かしらのリアクションが引き出せないかな、と。失敗することも多いけれど(笑)、偶然性によって思いもよらないリアクションが生まれることを、心のどこかで期待しているんです。
 外的要因をインスタレーションにどんどん取り組むことで、結果的に、無機物が有機的に見えてくる瞬間が訪れる。「動きが予測できないものを使って環境に寄り添うこと」には、昔から関心がありました。
ーそれは、なぜ?
毛利 そもそも大学での専攻はニューメディアアートで、絵や彫刻といったファインアートではなかったんです。当時は美術よりも音楽に興味があって、モノを自分でつくりあげていく関心よりも、ミュージシャンが空間によってプレーを変えたり、楽器によって表現を変えたりする方が本当の表現だという意識が強かったかもしれません。
ーそれも、なぜ?
毛利 藤沢の実家の近くに美術館がなかったということもあるかもしれない。だから、大学に入る前から、コンサートに行く方が自分にとって自然だし、面白いと感じていました。あとは、やっぱりバンドを組んでたのもあるかなあ。
ー繰り返し「なぜ?」と聞くのは、毛利さんが特に好んでいるらしい「歪み」とか「偶然性」に気づいたきっかけに、そもそも何があるんだろう?という。
毛利 エクスペリメンタル・ミュージックみたいなものはよく聴いてましたね。ガスター・デル・ソルとか大友(良英)さんとか、あとはHiMとか、、そういう影響かもしれない。ブライアン・イーノとか、アート・リンゼイDNAも大好きで。DNAは「素人でもバンドやっていいんだ!」って希望を見い出させてくれた(笑)。
 イクエ・モリさんがドラムをドカドカ叩いているそのサウンドが、「バンドやりたいけど練習しなきゃ、、」とか「もっと思想を深めないと、、」とか言いがちな年頃の悩みを全部を壊してくれて、まずは「とにかくやればいい!」みたいな。
 実験的な表現それ自体からも影響を受けたけれど、コンテクストの勉強とかテクニックの積み立てを順序だててしなければ表現なんてできない──と勝手に思い込んでたところをぶっ壊してくれて、いろいろなことを端折って勇気を与えられた感じは、高校生の時に明らかにありました。
 ということで、「展覧会やるから来て」というより「ライブやるから来て」みたいなノリの方が表現として単純に実感があって、即興ハードコアバンドみたいなのを結成して、にせんねんもんだいグループイノウなんかと対バンしたりしてました。バンド名は秘密ですけど、、(笑)。
 それが、大学に入って「サウンドアート」というジャンルを知って、「私もやってみたい」って思ってました。
ー今興味があるという「機能」とか「循環」、「仕組み」といったものが、その当時端折っていた部分な気がします。
毛利 今になって、ここまで飛ばしてきた部分を、作品で補填してる(笑)。ここ3、4年は確実にそういうフェーズですね。これまで勢いでプロトタイプをつくったままにして完全に忘れていた作品をもう一度丁寧につくってみるとか、かつて自分がつくったものを違う方向から見てみるとか。

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 そうやって自分の仕事を振り返るのには、きっかけがあったんです。
 2015年、半年間ほどニューヨークに滞在する機会があって。ニューヨークなどというクリエイションのメッカに半年もいたら、「あなたはどういう作品をつくってるの?」と毎日のように聞かれるわけです。だけど、ちゃんと自分がつくってきたことを証明する作品が、何も残ってない!
 これまでほとんどすべて、実験的なプロトタイプをつくっては、つくりっぱなしにして、結局つくり方すら忘れちゃって再現不可能、みたいなことをし続けてきた中で(笑)、ちゃんと残る抽象表現をつくりたいと思うようになった、という。
ーその中で、「電気」はどういう存在ですか?
毛利 電気そのものよりも、「動き」とか「変化」、「変容」といったものに興味があって、電気はそういったことをてっとり早く実現してくれるマテリアルだと捉えてます。模型を実働させて、「その状態を仮につくってみる」ということを実現しやすい素材。
ー生きていないものに、動きを与えてくれる。
毛利 それも一つだけど、全体的には、仮想的なことを試せるのが魅力です。コンピューターデバイスも作品によく使うんですが、電気はコンピューターの中の容量とか情報といった、物理空間ではない仮想空間を作品に取り込むことができる、重要なインフラだと思っています。
 あと、電気が通ってない作品をつくる時も、インスピレーションの源はモノの動きだったり、時間の流れだったりするのだけれど、電気はそういう要素とも密接に関わっている印象がある。
ー使うのはバッテリー?電池?
毛利 それはケースバイケース。危ないけど、電源から直接ケーブルを差し込んだり、、感電も数えきれないくらいしてきたり(笑)。
 あとはソーラーパネルを使うこともあります。ソーラーをセンサー的に使って、自然光だけでなくて、自分で出した光をソーラーがもう一度吸収して、それらをミックスすることで出てくる表情を狙ったり、、と説明してももうワケわからないでしょう?(笑)。観てもらえれば一発で理解されるはずなんですが。
 そうやっていろいろなエネルギーが数珠つなぎに影響していって、ちょっとフィッシュリ・アンド・ヴァイスの「事の次第」のようになってくることもある。そういう偶然性の積み重ねによって、仮想生態系というか、箱庭的な環境とでも呼べるものができあがってくるんです。

 

次回へ続く

 

(取材:平井有太)
2017.06.08 tue.
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