【第1回】dancyu編集長・江部拓弥氏に聞いた、食とエネルギーの話
読みもの|5.8 Mon
食についての日本一の雑誌「
dancyu(プレジデント社)」。江部拓弥氏はその編集長を約4年半、全55冊にわたって務め、今年7月号を最後にその大役から解放される。
みんな電力が掲げる「顔の見える電力」は、有機野菜と消費者を繋ぐ話をしていると出てくる「顔の見える関係」と重なるし、鮮度や季節ものの基本である「地産地消」という概念も、実はエネルギーとの重要な共通項だ。
生産量日本一(つまりは世界一)の高知県は北川村で「柚子」取材の最中、食とエネルギー、ひいては私たちの生活の核となる姿勢や価値観について、江部編集長に聞いた。
北川村は、数多の苦労と獲得した高評価の末、年々増えるヨーロッパへの柚子輸出で沸いていた
ー食とエネルギーの世界には、「顔が見える関係」とか「地産地消」といった、共通のキーワードが見え隠れします。
江部 結局電力とかエネルギーは、ある意味では食もそうだったけど、「勝手に受けるもの」というか、「選べないもの」だったわけです。引っ越したら最初から電力会社が決まってて、それは長い間食べ物も、そういうものだった。「誰がつくったか」とか「つくる人の考え方」とかは関係なく、レタスならレタス、という(笑)。
ーそこには大量生産を良しとする、特に大都市の考え方が反映されていた?
江部 全体的にそうだったわけ。昔はそれでも、町の商店があって、農家さんが近所まで直々に売りに来たり、実はいろいろな選択肢があった。そこにスーパーやコンビニができて、大量消費と全国的に画一的なサービスがずっと続いてきて。でもだんだん、逆に情報がいろいろ見られるようになってからは、「これっておかしくない?」と。
村のそこかしこで、鼻に抜ける柚子の香りが心地よい
そこは、本当は「こういうのも食べたいし」、「なんで売ってないの?」という。今の時代はネットを見ると、「どこどこで誰かがつくってるトマトがすごく美味しいらしい」ということがわかる。値段もスーパーのものとあまり変わらなくて、しかもすぐ送ってくれる。「だったらこっちがいいよね」みたいな、選択肢が広がるようになった現象が、現代の、より「自由な食」に繋がってるように感じます。
ーそれは食を追いかけながら、全国的な潮流であると感じますか?
江部 それは何でもそうでしょう。例えばコーヒーだって、今までは大手のUCCとかキーコーヒーが製品を提供してきたのが、もう自分の好きな産地から直接取り寄せられるようになったでしょう?今までそんなことってなかったんです。もう、びっくりするくらい選択肢が広がって。
みんな「自分の好きなものを食べたい」という衝動が強くて、あとはセンスや好み次第というか、見た目が悪くても味が良ければという人もいるし、あとは値段と経済状況。そういうことの上で、地方にいてもコーヒー豆の販売で生活が成り立っている人がいっぱいいるから。
海の幸を使わない「田舎寿司」は極上のおもてなし料理。柚子の皮を甘酢で煮たものも。寿司酢の代わりに、柚子の果汁を使う
ー「選ぶ」ことは大事と思います。ただ、日本人は必ずしもそれが得意でない。
江部 そうかもしれない。あとは近隣縁者との関係性をドライにしきれないでしょう。例えば電力にしても、「お隣さんが東京電力に勤めてるから」ってなると、切り替えに前向きになれない。とにかく「長年そうだから」って。そういう意味では、地方の方がそういうしがらみは強いから、その観点では東京から始まることもあるんだよね。
ーとはいえ、実際に電力を替える「意識高い系」と言われる人口は、やはり少数です。
江部 あとは、やっぱり社会全体が高齢化なわけ。そこは意識というより、これは食に置き換えてdancyu読者で考えても、「面倒だ」という人たちの方が多いと思う。
ゆず釜にはお酒を入れたり、料理を詰めたり。中に入ったなますに使っているのも、柚子の果汁
ー特別、新しいものを欲していない。
江部 そこは一つに、サービスの問題があると思っていて。大手のいいところは、保証やアフターケアがある。
それは例えば「腐ってたよ」と言った時に、代えてくれる。でもネットで取り寄せて腐ってたら、何ともできない。その辺の「防御ネット」みたいな部分、「ダメだったらどうするの?」というのはあると思う。そこは単純に人員の問題、コストの部分だったりするわけで、そこをクリアできるかどうかだよね。それを削ってコストを下げてる実態なんかもあるわけで。
携帯だって、聞いたことのない安い携帯とかあるんだけど、「壊れた時にどうするの?」って。ドコモだったら町に一つは店があって、お年寄りでもそこに持っていけば何とかなるという、基本的にそこはある。
ー余計なリスクを欲してない。
江部 あとは、生活の基準をどこに置くか。
実際にdancyu読者には、海外に行くよりも「夕食に日本の美味しいものが食べたい」という人が多い。例えば、どこに泊まって何をするか、いろいろ考えて3日間遊んで、帰ってきましたと。結果それで疲れちゃって、お土産なんかも買ってお金も余計に使ってというんだったら、東京で3万使ってお寿司食べるとか、そっちの方が「満足度が高い」と考える人の方が増えてる。
あとはペットを飼っていて、世話をしないといけない。それだったら、「海外に行くお金で美味しいものを」となる。そこは食もそうだし、ペットもいるということは、温もりや癒しという、日々の楽しみを追求したい感覚というか。
味も香りも爽やかな柚子ゼリー。柚子には、トゥーマッチや飽きることがないのかも
ー非日常よりも、地に足のついた日常を充実させる方が先(笑)。
江部 ウチの読者にはそういう層が多いかもしれない。そういった声や誌面の反響は、アンケートもあればメールや電話もくるし、あとは年に一回読者を招待した、100人くらいの集まりも企画しているので。
ーそもそも日本人は自分の国がすごく好き。
江部 結局尖んがってるのは、世界でもごく少数なんだと思います。それは例えばモンゴルの人や北欧の村人たちだって、海外に行くより、みんな半径何メートルで生きている。要は、先進国とか大国と呼ばれるその一部だけが開放的な感じで、実は全世界の8割くらいは保守的なんじゃないかと思うんです。だって、アメリカの田舎の方もそうでしょう?
近年情報が出回るようになってから、「どこかに行く」みたいなことが「楽しいこと」になったけど、それはまだまだごく一部なわけで。
ー「遊び」としても、かなり贅沢な部類に入る。
北川村には世界で唯一クロード・モネ財団公認の、「モネの庭」もある
江部 もちろん、そうやって人口の増えてきた旅行で経済をまわそうという人たちもいるんだけど、それとは無縁の人たちの方がやっぱり多い。そういうことを考えていると、「幸せって何か」というところに行き着くよね。
ーまさに「クオリティ・オブ・ライブ」というか。
江部 アメリカの著名作家、
ボブ・グリーンのコラムにも、「自分は記者として世界を飛び回っているけど、両親はどこにも出掛けなくて、でもすごく幸せに暮らしている」というのがある。それこそ現代には「自分の家を護って、しかもそこで成功する人を尊敬する」という流れがあるように感じていて。
向かって右、幕末の志士・中岡慎太郎は北川村の出身で、生家は野生の柚子=実生に囲まれていた
(取材:平井有太)
2016.11.3 thu.