島根県・隠岐諸島、島前・海士町のリバイバルストーリーをタドる〈第2回〉
読みもの|3.20 Sun

“ないものはない”  
価値観のシフトで
よみがえった離島の町

「生かされてきた島」からの脱却

深刻な過疎化と財政難によって町の存続が危ぶまれた海士町と島の人々は、それまでのやり方や考え方を大きく転換し、公共事業や補助金で「生かされてきた島」からの脱却を図る。取り組んだのは移住促進と新たなビジネスの創出だった。ほどなく移住者をはじめ、島外の人の活力を積極的に取り入れる策が成果を上げ、海士町は自立に向けた数々のプロジェクトに全力を傾けていく。そして数年後、みごとに自立再生を成し遂げ、同じ課題を抱える地域の手本にもなっていくのである。

海士町海産物のブランド化の先駆けとなった「いわがき春香」の養殖場。

極上の海産物をビジネスにできないジレンマ

島の自慢といえば、どんな高級料亭も認める極上の海産物だ。その評判の高さは、昨日今日の話ではない。奈良・平城京跡で見つかった木簡には、干しアワビなどの海産物が海士から朝廷に献上されていたことが記されている。隠岐諸島は千三百年も前から食の宝庫を表す「御食つ國(みけつくに)」と呼ばれていたのである。

最高の食材がありながら、なぜそれを活かせないのか。理由は離島であることだ。島からは船便になるからコストがかさむうえに、海が荒れればまる1日以上も市場に出すのが遅れることもあり、どんなに良い魚でも鮮度がネックになって買い叩かれた。また、従来の冷凍では本来のおいしさが損なわれてしまうため、これも望む値では取引できなかった。

課題を一気に解決した新冷凍技術CAS

2005年、海士町はこのジレンマを抜け出す術と出会う。最先端の冷凍技術CAS(Cells Alive System)だ。これは磁場エネルギーによって細胞を破壊せずに凍結させ、質を劣化させずに冷凍保存できる画期的な冷凍システムである。従来の急速冷凍の課題だったドリップが出ないため、旨みや水分が流出せず、解凍後も獲れたてのようなおいしさを保つことができた。

海士町は導入を決めた。

資金の乏しい海士町にとってはまさに乾坤一擲の勝負である。はたしてCAS冷凍された海産物は市場で高い評価を受けた。刺身にしても獲れたてのうまさを保っていることに誰もが驚いた。卸業者や料理店にとっては上質な食材の味を落とさず保存できるというメリットも大きかった。国内・海外からの注文も順調に増えていき、やがて個人向けの通販事業「島風便」へと拡大。いまでは隠岐のブランド海産物として大手通販サイトでも人気の商品になっている。

※島風便リンク

離島通販 島風生活。 shimakazelife.com 

獲れたての魚介の鮮度を保ったまま保存できるCAS冷凍。

隠岐の海で採れた朝どれ白イカの刺身を家庭で味わえる。

寒シマメの肝醤油漬け。冬のスルメイカの旨味たっぷりの海士町の逸品。

隠岐の海では養殖が難しい岩牡蠣づくりに挑む

もうひとつ、島の海産物の素晴らしさをさらに世に知らしめたのが「いわがき春香」※だ。新冷凍システム導入と同じ頃、Ⅰターン移住者と地元の漁業関係者が岩牡蠣の養殖に取り組んでいた。

本来、牡蠣養殖は隠岐のような外洋に面した島には向かないものである。島周辺の海は潮の流れが速く水温が低い。しかも澄んだ海には餌となるプランクトンが少ないため育つのに時間がかかるからだ。だがこの島の人々は、このハンデキャップをみごとにくつがえす。じっくり育つことで味は濃厚になり、雑菌の少ない美しい海が安全性につながった。岩牡蠣づくりへの情熱が、どんな食通をもうならせるプレミアムな岩牡蠣を誕生させたのだ。

「いわがき春香」は冷凍ではなく付加価値の高い生牡蠣での販売をめざした。当初の売り先はあえて築地市場だけに絞り込んだ。東京の高級料理店で認められれば後は評判が評判を呼んで、だまっていても注文に結び付くからだ。プレミアム岩牡蠣は首都圏の料理店やオイスターバーで大ヒットし、海士町は一躍、岩牡蠣の名産地となったのである。

 ※海士町には生の岩牡蠣のみを扱う「海士いわがき生産㈱」とCAS冷凍の岩牡蠣を扱う業者があります。

ブランド化につながった完璧なトレーサビリティ

海士町の海産物はいまやブランド商品だ。じつは市場が評価したのはその品質だけではなく、完璧なまでのトレーサビリティ、つまり信頼性にあった。生で出荷される「いわがき春香」を例にあげると、すべてに出荷コード番号が表示されていて、その番号からアクセスすると種苗生産情報、浄化関係情報、養殖海域情報、検査結果が確認できる。この詳細な情報提供を可能するには、すべての項目を毎日正確に記録し更新しなければならない。実践するには非常に手間のかかる作業を日々おこなう必要があるが、食品衛生の関係機関からも極めて高水準のトレーサビリティであると高く評価されているという。

※いわがき春香リンク

海士いわがき生産株式会iwagaki-haruka.jp

美しい海がゆえに苦労を重ねた岩牡蠣養殖。

島には牛もいる!伝統の放牧牛を新ビジネスに

隠岐諸島では古くから固有の黒毛和種を放牧で飼育してきた。島後の牛突きは日本最古といわれ、800年以上も続く伝統行事として現在にまで受け継がれているほど牛とのかかわりが長い。隠岐の牛たちは潮風に吹かれたミネラル分の多い牧草を食み、急峻な山地で育つため健康状態が良く、おいしい肉質に仕上がるという。ただ、かつては子牛のうちに本土の肥育業者に売却され、その牛たちが神戸牛や松阪牛などのブランド牛として高値で取引されていた。

海産物だけではなく島には牧畜の伝統もある。島を盛り上げていくには島の牛を隠岐牛として自分たちの力で育てていくべきではないか。そう考えた海士町の建設会社が(有)隠岐潮風ファームを設立し、繁殖から肥育まで一貫して生産販売する「顔の見えるブランド牛」づくりに乗り出した。しかも安全と品質だけでなく、海士町の牧畜はサスティナブルであるべきというこだわりを持って取り組んだ。

サスティナブルなブランド牛の誕生

たとえば牛の糞に建設業から出る木材をチップ化して良質な堆肥をつくり、その堆肥を島内の農家に無償で提供する。反対に農家からは安全な稲わらをもらい牛たちの粗飼料にした。この畜産事業の稼働によって、海士町すべての水田や畑をまかなう堆肥製造が可能になり、島内で循環する有機農業への道も開かれたのである。

すこやかな環境と餌で育った牛に、島生まれ、島育ち「隠岐牛」 というブランド名が付けられ2006年に東京市場に初出荷を果たした。すべて高品位のA5 に格付けされ肉質は松阪牛並の評価を受けている。

※隠岐牛リンク

島生まれ島育ち隠岐牛店 okigyu.com

放牧でストレスがなく、海からのミネラル分を多く含んだ牧草を食んで育つ隠岐牛。

奇跡を呼んだ高校魅力化プロジェクト

過疎化には進行を早める節目があるという。その大きな要素のひとつが学校の廃校だ。海士町にある県立隠岐島前高校は島前地域で唯一の高校だが、生徒数の減少で廃校の危機に直面していた。高校がなくなると島の中学生は島外の高校に行くことになる。3 年間の仕送りは最低でも1人あたり450 万円ほどになるというから親の負担は軽くない。そうなれば子供とともに島を離れる家族が増え、移住者も来なくなり自立への取り組みも頓挫してしまう。

海士町は廃校を阻止するため、島前高校を誰もが入学したいと思えるような学校に変える「高校魅力化プロジェクト」を実行した。これは全国初の思い切った試みだった。

離島・中山間地域では異例の生徒数の倍増を実現した島前地域。

プロジェクトがめざした主な教育方針は、自ら考え行動する人材の育成だが、カリキュラムやアプローチの方法が非常にユニークなのだ。たとえば、地元地域を教材に内外の専門家が参加して地域の魅力や課題を探究していく授業。さまざまな分野のスペシャリストによるICTを活用したオンライン授業。生徒個別に手厚い指導をおこない学力向上や進路実現を支援する隠岐國学習センターの設置。さらに全国から多彩な生徒を募集する「島留学」など斬新なアイデアにあふれていた。

やがて島前高校は廃校どころか、過疎地の学校としては異例の学級増を実現。海士町の活性化や子育て世代の移住にも大いに貢献することとなった。後にこの取り組みは “奇跡のプロジェクト”と呼ばれ、廃校の危機に直面している地域のモデルケースとして全国の過疎地の希望となったのである。

社会人を対象にした「大人の島留学」という新発想

「高校魅力化プロジェクト」 を成功させた島前地域(海士町・西ノ島町・知夫村)は次の一手を打つ。それが2020年からスタートした「大人の島留学」だ。当初は島前高校の卒業生たちに島に戻ってもらうための取り組みだったが、最終的には町づくりや離島の暮らしに関心を持つ国内外の若者たちにも対象を広げた。骨子は29歳までの若者に3カ月または1年の期間内、島での暮らしや仕事を経験することでUターンやIターンへのきっかけにしてもらおうという制度だ。また島留学を通して隠岐と縁を持つ人たちをより多くするという目的もある。このユニークな発想は、TVをはじめ多くのマスコミにも取り上げられ、いま大きな注目を集めている。

※大人の島留学プロジェクト リンク 

大人の島留学 (otona-shimaryugaku.jp) 

祭りを楽しむ島の人々。幸福な暮らしとはなんだろうと問いかけてくる。

夏には港に期間限定のビアガーデンを開いて楽しむ島の人々。

持続可能な社会へ、価値観をシフトする勇気

いま私たちの前には温暖化という大きな危機がある。地球は私たちの欲望をもうこれ以上支えきれないと警告している。この危機を乗り越えるため、世界は持続可能な社会の構築に取り組み始めたが、まず大きな役割を果たすのはおそらくイノベーションよりも価値観のシフトになるだろう。少しばかりの不便より、これまでと違う幸福観や不安のない未来を選ぶ。海士町の取り組みは、そんな勇気をもつことの大切さを私たちにおしえている。

絶え間ない不安とともに成功を追求するよりも、穏やかで控えめな暮らしが幸福をもたらす。

[アルバート・アインシュタイン]

幸福へのもっとも大きな障害とは、あまりに多くの幸福を期待することだ。

[ベルナール・フォントネル]

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記事を作った人たち

タドリスト
淀哲治
鎌倉在住。田舎暮らしを夢見る、料理好き、旅好きのコピーライター。広告代理店等でクルマや時計の広告制作に携わり、現在はフリーランス。広告屋なのに広告のない街並みやNHK-BSが大好きな仕事熱心じゃないオジサン。