宝塚すみれ発電・井上保子さん
読みもの|9.20 Tue

  「あきらめない未来づくり」とのテーマを胸に、兵庫県宝塚市ではじまっている市民発電所がある。正式名称は「非営利型株式会社宝塚すみれ発電」、代表取締役は井上保子さんだ。
 「元気をもらいたい」と、各地に講演で呼ばれることが増えたという井上さん。9月22日には、現地の高校生たちからの要望で、福島県福島市での講演を控える。以前一度、宝塚に来てくれた彼らに井上さんから伝えたメッセージは「未来はつくっていけるのだから、恐れないで欲しい」だった。
 まだ、実際に電力を切り替えたのは人口の5%にも満たない電力自由化が提示してくれた、「コンセントの向こう側を考える社会」。
 宝塚と聞いて市にあるのは、宝塚歌劇団と、その歌劇団を愛した手塚治虫記念館だけではないのだ。
——どんな発電所をされていますか?また、なぜ発電所を始めたのですか?
井上 私たちの市民グループは、再生可能エネルギーのことを福島で原発事故が起こる前から勉強をしてきました。いつかは「自分たちの手で、自然に逆らわない電気をつくりたい」と願ってきました。そして、2012年に固定価格買取制度(FIT)ができて「やるなら、今」とアクセルを踏んだのです。
私たちがつくっているのは、基本的に「市民発電所」です。補助金に頼るのではなく、市民自らが動き自分たちの街の資源を使って、お金もエネルギーも人も回せる仕組みにしています。

sato

——あえて補助金に頼らない理由は何でしょう?
井上 そもそもFITという、安定して電気を買い上げる仕組みが出来たのだから、それを利用すれば建設資金は払えます。補助金を使う意味がわからないと思ったんです。補助金はなくなったらそこで終わりのものであることを、他の補助金事業を見て良く知っていました。
——実際に始めてみて想像と違ったこと、または予想通りだったことは?
井上 だんだん理解者が増えてきて、出資に前向きな答えをくれる人が増えたことです。ただ、事業体でなければできないことが多い。そのおかげで、NPO法人でやっていると「ボランティア」に見られがちなことが、収益事業を行なうことで、より社会性が発信できるようになりました。

sato

2013年11月 第2号47.88kW 境内地

——「ボランティア」から「収益事業」への移行で、どんな苦労がありましたか?
井上 事業者になったとたんに「儲けは出ているのか?」、「儲けを出さなければ次に続かない」と、多くの人から言われることです。それでかえって、事業性を考えるようになりました。「儲けを他の部分で賄えるような事業を行いたい」と考えています。
——電力を考えること、変えることで、社会の何が変わるでしょうか?
井上 コンセントの向こう側を考えるようになりました。
電気の種類などを考えたこともなかった人が、自然エネルギーの電気に興味を持つようになった。人任せであった電気がより身近になることで、暮らし方そのものが変わっていくと思います。
自然災害が多い昨今、電線に繋がなくても得られる電気であったり、薪など、身近なものを使って火をおこして熱を手に入れることができれば、「これほど力強い味方はない」と認識するのではないでしょうか。

sato

——電力自由化で社会は変わりましたか?または、どのように変わることができると思いますか?
井上 社会が変わるにはもっと時間が必要です。まだ今年の4月に自由化になったばかりなので、その意味すら飲み込めていない人が大半です。とはいえ、今までお仕着せであったものが自分で選択できるということになっただけでも進歩していると思います。
「私たちはこんな電気が欲しい」と自己主張できる仕組みが、電力自由化だと思っています。

sato

2012年12月 第1号11.16kW 市内北部・耕作放棄地

——電力の自由化が持つ可能性をより社会に伝えるため、どんなことが有効でしょうか?
井上 今はまだ、電力に直結する業種の人だけが騒いでいる気がするので、他の分野とのコラボレーションが必要だと思います。何か環境に良いことをしたいと思っている事業者は多いので、少しの苦労があってもタイアップすべきです。例えば食品、化粧品、トータルサービス分野などと結びつき、発信していくことが多くの人の関心を集めると思います。

*9月22日、井上さんの福島市での講演についてはコチラ

sato

 

(聞き手:平井有太)
2016.09.20 tue.
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