カーボンニュートラルに有効な日本の農地の在り方とは?
TADORi読者の皆様、こんにちは!この記事はモンゴルからの留学生、アリウンがお届けします。現在、(株)UPDATERのインターン生として「みんな大地」チームで農業や土の調査に携わっています。小学5年生の頃、日本の旅館に宿泊したことがきっかけで、モンゴルの草原に遊牧リゾートをつくろう!という夢ができました。現在は日本の大学で「環境リスク共生学」を専攻し、モンゴルの草原が直面する環境リスク(気候変動、自然災害、砂漠化など)と向き合う手段について研究しています。
目次
おどろき、日本の都市には緑と土がたくさん!
さて、日本に来て、一番驚いたことは都市の緑の多さです。
森林や畑が大都市のあちこちに入り混じっていて、何年も景観が変わらない日本の緑。
母国モンゴルは乾燥したステップ気候にあり、緑というと街路樹や公園を想像していたわたしにとって、森林や農地という大きな緑のシステムは関心の的でした。日本の緑は、都市を飾るだけでなく、植物、土、水、土壌動物が密接にかかわっている生態系です。その生態系を支える基盤、「土」が担っている脱炭素、食糧生産、環境保全などの役割にぜひご注目ください。
土は全球1兆5000億トンの炭素を含む莫大なプールで、大気や陸上植生に含まれる炭素の2~3倍多い量です。この記事では、土の性質をつかって脱炭素、カーボン・ネガティブに貢献する「土壌の炭素貯留」の実証や、「炭素を貯留する土づくり」がどのように行われているのか?について紹介します。
土に炭素を貯めると、カーボン・ネガティブに貢献する
1997年京都議定書で、土壌を炭素吸収源としてカウントするようになり、2015年COP21で発表された「フォー・パー・ミル・イニシアチブ」には世界31カ国が賛同しました。具体的には、「世界の土壌炭素を毎年0.4%増加させることができれば、大気CO2濃度の上昇を抑えられる」としていて、提唱者のラタン・ラル博士(2019年日本国際賞受賞)は持続的な土壌管理の手法として農地での「不耕起栽培」を挙げています。
不耕起栽培とは、簡単に言えば、「土を耕さない」農業です。作物の大量生産には土を耕す栽培(耕起栽培)が不可欠でしたが、世界各地で土地劣化が起こったことから、土を破壊しない「不耕起栽培」の研究が始まりました。土壌劣化には、表面数十cmの有用な微生物層が風や雨で失われるというデメリットがあり、一度失われた表面土壌は再生が困難なため、農地として使えない荒れ地になってしまいます。そこで、表面土壌の流失をくい止め、保水性や生物多様性を保護できる方法として「不耕起栽培」が立証され、1990年代から実用されてきました。現在では、南北アメリカで広く行われており、不耕起栽培の手法は、土の炭素を増加させる、ということがわかっています。
また、農薬・化学肥料の代わりに植物、動物由来の養分を使う「有機栽培」では、土壌の炭素量が顕著に増加するという研究成果が日本国内でも挙げられています。
こうした研究を受けて、土に炭素を貯留する方法を大きく2つに分けました。
方法.1 植物の残渣、堆肥、バイオ炭などを土に投入する
方法.2 土を耕さない
二つの方法をそれぞれ10年以上実施した場合の炭素量と、何も行わなかった場合の炭素量を比較できるフィールドとして、「農地」を対象に実証を行いました。
実証、農地で増加した炭素の量は?
筆者(本記事のタドリスト)が所属するみんな大地チームでは、2021年に、埼玉県比企郡小川町の隣り合う3区画にご協力をいただき、土の炭素量を調査しました。(図.1参照)
赤-有機農地: 植物の残渣、堆肥などを土に投入した(方法.1)
黄-不耕起農地: 植物の残渣、堆肥などを土に投入し、耕さなかった(方法.1 + 方法.2)
青-慣行農地:植物の残渣、堆肥などの投入なし、土が耕された(貯留方法なし)
結果、下記図.2に示すように、有機農地(方法.1)と不耕起農地(方法.1 + 方法.2)の区画は、土壌に含まれる炭素の量が地域標準に比べて高く、(それぞれ+0.3%、+0.77%)慣行農地(貯留方法なし)では0.17%低い数値となりました。ここから、有機農地では0.03%、不耕起農地では年間あたり約0.04%の炭素が増えた(貯留された)ことになります。
日本の全耕作面積(435万ha)のうち、「畑」の部分(198万ha)をすべてを不耕起農地(方法.1 + 方法.2)にした場合は年間あたり352万トン、有機農地(方法.1)にした場合は年間あたり264万トン、の炭素を土壌※1に貯留することができます。日本の農業分野GHG排出量のうち、農地から排出される炭素は152万トン※2(GHGインベントリ参照)ですので、「畑」部分の半分が炭素を貯留する農地に切り替われば、農地から排出されるGHGを上回るレベルの炭素吸収源として脱炭素社会に貢献すると考えられます。
※1 土壌表層30cmの場合 ※2 N2OのCO2換算より炭素重量を算出
土に炭素を貯めるには?「土づくり」の方法
農地では、作物をどんな方法で栽培するかによって土壌環境が変わります。土壌環境は、通気性、保水性、pH、ミネラル、微生物の活発さ、などから評価できます。長い間、農薬・化学肥料をつかった農地では土壌環境のバランスが崩れ、土の流亡、酸化、塩類集積などが起こりますが、自然由来の肥料(植物の残渣、堆肥など)をつかった農地ではこれらが緩和され、土壌の炭素が増加します。炭素を貯留する土づくりには、農薬・化学肥料にたよらないことが第一歩になります。
〜農薬・化学肥料に頼らない土づくり〜
メソッド.1 微生物を招いて、土を耕してもらう
一般的な認識では、収穫が終わった後に残る作物残渣(切り株、わらなど)を取り除いてから次の作物を植えますが、土づくりにフォーカスした農業では、あえて作物残渣を残す場合があります。理由は、それらの残渣が分解されると、土の表層部に有機物が豊富な層ができて微生物が増え、微生物が生成する物質によって土の構造がよくなるからです。土の団粒構造(土同士のやわらかい粒)ができると、土壌にすき間ができて、通気性と適度な保水性がうまれます。その結果、作物に病害を起こす細菌やカビが増殖しにくくなり、薬品を使った土壌消毒が必要なくなります。また、土壌にすき間ができると作物の根が養分を吸収しやすくなるため、養分不足による障害(欠乏症)が起こりにくくなります。
メソッド.2 土の状態をデータで見る
土の状態を把握しないまま、農薬・化学肥料・堆肥(動植物由来の肥料)などを投入してしまうと、土の中で作物が必要とする以上の栄養物質(硝酸態窒素など)が作られます。この物質は、土に留まりにくく、水に溶けやすい性質なので、水質汚染の原因になります。反対に、分析データをつかって土の状態を管理すると過剰な栄養がなく、水への溶出がなくなるため、同時に地下水・河川水の水質にも貢献します。このように、土づくりのメソッドは農業に関係する周辺環境の保全も担っています。
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筆者が所属する「みんな大地」チームでもいくつかの地点で土の検査や周辺環境の汚染を測定をしました。結果、全てにおいて完璧な地点はありませんでしたが、生産者が土づくりでこだわった点は、データ上でも良好な数値となって現れていました。(この調査についても次回以降発信する予定です。)
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まとめ
・農業のやり方によって、土に炭素が貯まる。日本の「畑」用途地の多くが炭素を貯留する農法に切り替われば、炭素吸収源として脱炭素社会に貢献する。
日本の農地で炭素を貯留する土をつくることは、脱炭素、環境保全への確実な貢献であると同時に、何より、食糧生産の持続性を支えます。この記事をきっかけに、農薬・化学肥料に頼らない農業で脱炭素、環境保全、食糧生産に貢献している生産者の方を見つけてみてください。また、そのような生産者を個人、家庭、仲間、企業レベルで支えるアクションについても考えるきっかけになれば幸いです。