【前編】井上酒造と再生可能エネルギー
井上酒造さんが選んだ電気は、同県小田原市桑原にある「おひるねみかん発電所」。ほのぼのとした「おひるね」の言葉には、日本中で増えつつある耕作放棄地に対する想いや、その解消に向けた取り組みの意が込められ、実践されているのは農業振興の起爆剤ともされるソーラーシェアリング。そして井上当主に伺ったお話にあったのも、全国の地域、そして農業が抱える問題と、それらに自然体かつ効果的に対峙する姿勢だった。
前後編、老舗酒造の写真と共に、お楽しみください。
TBSテレビ『あさチャン!』(11/26放送)で、「顔の見える電力」が活かされた事例として紹介いただきました
特に日本酒にはまずお米が必要で、加えていい水が必要最低条件になります。そうなると、米は非常に自然の状態に左右されるわけです。長年この商売に携わっていると、毎年同じ産地、品種、同じ農家さんのものを買わせていただいても、その年によって粒の大きさや組成の違いがある、そういうことを常に感じていました。
ですから、やっぱり「人間、自然の力には抗えないな」ということは痛切に感じてきました。となると「自然が壊されていく」というか、そういった負の影響を環境に与えるようなものを我々がつくり出すことに関して、非常にこう、認識を改めたということはあります。
こちらは今も順調な方の井戸
最近話題になる激しい雨は、それはそれで一時的なもので降る時はドンと降るんだけれども、それ以外の要素をトータルにすると、いろいろな環境変化の中で「雨の降り方も変わってきている?」ということを感じています。
この点について全然根拠はないんです(笑)。
でも、そういうことをここ最近、考え始めていたという背景はあります。
それは、「『原発いらない』と言ったところで先に進まない。では、原発じゃない他の電力、つまり再生可能エネルギー(以下、再エネ)をみんなが使うようになれば、おのずと原発はなくなるよね」という、そんな想いではじめられた会です。そこでまとめた単行本があって、その本に大和川酒造さんが登場されるので、それを読んで存じ上げています。
そもそもこの、地球環境があるわけです。現代のCO2の問題にしても何にしても、そういうことがメディアで語られる前に、我々自身が常に気持ちの中にそこを抱いていれば、言われるまでもなく「これはやり過ぎ。少し抑えよう」といった気持ちになるはずなんだけど、現実にはそうなりません。
それはやはり、今ある環境が「当然続いていくだろう」という風に、疑問を持たずに過ごしてしまっている部分が大きいと思います。
現代の酒造りは、電気がないと成り立ちません。一番大事なのは、いわゆる発酵のスピードのコントロールです。それはどうするかというと、発酵が早過ぎた場合には醪を冷ましてあげる。温度を低くすることで発酵も遅くなり、逆の場合は温めてあげるわけです。どちらの作業も電力を使います。
それ以前には、お米の澱粉を糖化させる「麹づくり」という工程があります。その麹をつくる部屋は、真冬に仕込むのにも関わらず温度を35度くらい、つまり菌が活動しやすい環境を保たねばなりません。
それは「神奈川県御殿場口」と言って、そもそも神奈川県は横浜をはじめとした東側が脚光を浴びているわけです。かたや西のはずれは静岡県と接し、そこに一本超ロ−カルな御殿場線という電車が走っています。そのエリアを総じて「かなごて」と呼び、そこでもっと「地産地消とかやっていこうよ」という動きがはじまった時に出会いました。
地域の特産品をつくって売り出したり、そのローカル線が一時間に一本くらいしか走っていないので、そこを逆手にとって「それぞれの駅に一つずつある酒蔵を巡ろう」、「次の電車が来るまでの1時間で各酒蔵を見て回って電車に乗り、隣の駅に移動していくツアーをつくろう」とか、いろいろなアイディアが出ていました。実現せず、現状立ち消えていますが(笑)。
井上さんのお話に何度もお名前が出てきた、小山田さんの農地とソーラーシェアリングの発電所。コロナ禍にはじまったオンライン発電所ツアーの初回もコチラでした
それで地元の農家さんといろいろお話する中で、皆さん「米をつくっていても生活できないよ」と言うわけです。表向きには「最低買入価格」というものが決まってはいますが、実際にはそれを下回るような価格でしか米は売買されません。
もう一つは、やはりこの小田原エリアに限っても、耕地面積の約20%が耕作放棄地になってしまっています。ということは、耕作放棄すると環境的にも雑草が生え、里山の風景は失われ、おのずと農作物にも悪影響を与えるような状態になってしまう。
これは「何とかならないものか」と考えているところに5年前頃、「耕作放棄地で稲作をしてるよ」というグループと出会いました。そして彼らと話し、「酒米を買わせていただきます」ということになったんです。彼らにしてみれば、売り先が決まって、価格もある程度わかってさえいれば、非常に安心してお米をつくることができる。
そこからはじめて、最初のグループは小田原市で、次はこの大井町でもやはり「じゃあ、オレたちもやるよ」というグループが現れ、彼らにも耕作放棄地で栽培してもらうことになりました。
実際に自社で米の栽培までやられている酒蔵は、結構あるんです。ワインで言えば「テロワール」という、そこでウチは自社でつくってはいないんですが、逆に「耕作放棄地での栽培」ということを大事に、少しでも地元の農業に貢献というか活性化、応援できるようなスタンスでやらせていただきたいと思っています。地元でお金がまわっていく状況をつくりたいんです。
地方、そして農業が苦境に立たされているのは、今にはじまったことではない。根幹にある原因により敏感な方々が
いち早く動き出し、自然といろいろなことの好循環を生み出しているという、勇気をいただけるお話。後編もお楽しみに