【第2回】地域と自立について、小松理虔氏に聞く
読みもの|3.10 Fri

  小松さんのお話、前回は
「最初にうみラボのテーマを考えた時は『DIYしかないだろう』と。
 うみラボの話に限らず、例えば『電気』だって自分たちで発電設備をつけて『あ、こんなにつくるの大変なんだ』とか、もしかしたら『意外に電気簡単じゃん』みたいな(笑)。今って電気とか『食う』、『住む』とか『暮らす』という生活の根本を誰かに放り投げちゃってますよね」
というところで、終わりました。
 人任せにしないこと。生活の根本を知ること。
 それだけで、私たちが暮らす環境は、簡単に今と違うものになるのかもしれません。

 

——今回の原発事故は、そこを僕らに突きつけてくれました。
小松 僕はうみラボとか、食に関わるプロジェクトに参加させてもらってますが、何事であれ、日常生活とか、生きることに関わることを誰かに放り投げてるのって「すごく危ないよね」と。放り投げてるから、どこかに負担を押し付けたり、何かに依存する態勢ができて、最終的には原発みたいなものをつくらざるをえない社会になってしまう。
 でも、こういうことを言うと「そんなことを考えなくていいことの方が豊かさだ」ということを言う人が、いっぱい出てくるんですが。

riken

小松さんらが運営する海洋調査チーム「うみラボ」。福島第一原発沖1.5kmの海域で行われる

——子を育て、安定収入で家のローンを払い、週末はピクニックでもしながらほのぼのと暮らす、、
小松 それはそれでいいと思ってて、いいんだけど、今の段階ってそっちしかない。本来電気も食も選択肢があって、お互いの選択が尊重されるっていう風になっていかないといけないから。
 多様な選択肢を生んでいくには、まず大量生産、大量消費という、今はグローバリズムが進んでそこはある一定量避けて通れない道だとはしても、常に代替可能というか、次のオルタナティブなものを考えたい。それにはやはり自立した生活だったり、エネルギーとか、とはいえそれが極端なかたちで出ると「あいつらは意識高い系だ」、「自然食にはまりやがって」という声も出るんだけど、そういう人が出てくること自体が「多様性が生まれる」大事なきっかけだから。
——原発事故があって、ご自身が成長されたと思いますか?
小松 それは、ありますよ。そんな大したものではありませんが、でも特に原発事故以降もここに住んでて、あの壮絶な数年間みたいなものは、やっぱり思い出します。
——やはり壮絶でしたか?
小松 当時の大混乱とか、SNSを振り返っても、みんなアドレナリンが出まくってて、ちょっとおかしいんですよ(笑)。だから、ああいうことが起きて、社会がよりよくならなかったら「何のための犠牲なんだよ」という。でも、何をもって「よりよい」地域かというのは、いろいろ出るんだろうなと。
 僕は、「自立していかなきゃいけない」というのがすべてだと思っています。「復興」というものも、たぶん「自立」のこと。

riken

いわき市小名浜のUDOK. 小松さんたちが2011年5月に立ち上げた。奥のブースが小松さんの仕事場

 じゃあ「国から支援を何も受けないのか」みたいなことになるんだけど、もちろんそうなれるのが一番ベスト。地方が今後東京のお荷物にならないためには、いずれにしても自立できる方向に行かなきゃいけない。そして、むしろ地方が優秀な人材を地域に戻せるよう危機感もってやらないと、数十年後「廃炉したけど自治体もない」みたいなことになっちゃう。
——乗り越えるべきハードルがあるとすると、何でしょう?
小松 あんまり忖度しないことじゃないでしょうか。
 自分が「問題意識を持ったことを貫く」ということをしないと、今って本当に、「こんなことを言ったら怒られるかもしれない」みたいな判断が、ゆくゆくは自立を奪っていく。理不尽な体験をした時に「嫌だ」という声を上げることすらも、「反体制派なんですね」みたいな。「いやいや、反体制派とか関係ないから」って。
 要するに、声をあげて、自分の理想とする暮らしをしていくしかない。その時「自分自身の障壁」と呼べるものはないけれど、あえて言うなら、日本人の「忘れやすさ」じゃないですか。
——風化というより、忘却。
小松 そういう時こそ「メディアの役割」なのかもしれませんが、それよりも文化、芸術という気がするんですね。「思い出す」とか、「思い起こさせる」ということに関しては。
——押し付けでなく、じわじわと浸透させていくような。
小松 今「Don’t Follow the Wind」展をChim↑Pomがやっていますが、ああやって世界でいろんな問題を見てきたアーティストが、もっと「福島の人の目に見えるかたちで問題を起こしてもらいたい」ってのはありますよね(笑)。
 最近は地域の小さいアートプロジェクトはいっぱいあって、それはもちろんいいんだけど、もっとこう、世界的にも活躍してるようなアーティストが「じゃあ、福島をどう見てるのか?」、「この作家にはこう見えてるんだ」って。

riken

UDOK.では音楽ライブなども開催される。写真は震災後に行われた蔡忠浩(bonobos)のライブの模様

 文化活動に目を向けると、震災後の福島で意外に増えてきたのって、演劇だと思っています。演劇って唯一他者になれて、その時初めて「他者の気持ちがわかる」というか。例えば、演劇の中で「東京に避難したママたち」を演じたとすると、本当の意味での対話が成立しないくらい溝が深くなっちゃってる時に、お互い「この人はこう見えてるんだな」、「この人はこんな風に作品に想いを込めたんだな」という体験があちこちにできる。ある意味での「文化の成熟度」みたいなものを、県の中で上げていかないといけないと思うんです。
——そこを上げていくことで、情報の共有がなされる。
小松 そうだと思います。文化的な素養みたいなものが上がってくる中で、例えば教育、物産とかにしても、福島って明らかに他県よりパッケージデザインとかがダサい。そういうことって結局町の総合力なので。
 ある意味で文化や教育の水準を上げるというか、こう言うと必ず「『教育の水準』とかお前が言うな」って批判されるんですが、そこを起点に、地域のいろいろな分野を底上げしていく。そうしないと、どれだけ強いリーダーやカリスマ的な政治家とかが出ても、結局そこに依存しちゃうとよくないんですよね。
——構造上変わらない。
小松 結局そういう人はポピュリズムになっていくわけだから。やっぱり、僕ら自身一人一人が考えていける社会にしていかないと、ダメなんだろうなと。

riken

休日には勝手に隣の店舗のシャッターに絵を立て掛けてしまうメンバーも。「ゲリラ」活動がUDOK.の本質

 そうなれば、たぶん誰が何党を支持しても「あ、あなたはそうですか」、「オレはこう思ってます」って。だってみんな、「家族で幸せに暮らしたい」ということでは納得しているわけだから、議論が袋小路に入っちゃって、必要のないいがみ合いをするというのは不毛で、一刻も早くそこから抜け出さないといけない。たぶん、その時に文化とか芸術、あとは「体験」ということがキーワードになっていくような気はしますよね。
 それから、農業や水産業、食を支えることに対するリスペクトというのも自立には欠かせないと思います。だってその人たちがいなかったら生きていけないんだから。そういうリスペクトが増えてくると、農業高校や水産高校にも光が当たるようになって、優秀な学生たちが集まって地域の食が底上げされる。これから食に関わる若者たちにはもっと奮起してもらいたいと思っています。
 もう一つ、本来は政府や報道機関がやるべきだった情報発信を、現場でのやりとりを含め、本当に個人の有志がやってるのがもともとの問題だよなと。福島のそこかしこで実際起きてる「一人の猛烈な働きに乗っかっちゃってる社会」って、全体としては機能不全というか。
——原発が爆発して、もっと世の中が根底から変わるもんだと思いました。
小松 僕もそう思いましたが、幻想でした(笑)。これで社会はよりよくなって、地域が自立して、小さい政府みたいなかたちでヘルシーで「犠牲もあったけど、よりよい社会になったね」という。しょうがないですが。
 あんまり「社会が変わる」と期待をすることすら「甘かったんだな」となると、せめて「自分の生活からやるか」と。そうして、少しずつでも支持者を増やしていく。
 だって「自立していく」という意味では、何党を支持しようが関係ない。変に政治的に分断されず、自分たちの地域でうまく稼いで、食って呑んで、こぼれ落ちた人をできるだけ拾いあげていくかということを考えて、それがおのずと「世界において日本が自立するにはどうしたらいいのか」という議論になるわけです。
 だから、いきなり「世界において日本がどうあるべきか」とか考えずに、「自分の生活が地域の中でどうあるべきか」というところから「じゃあ、オレはどうすべきか」って、地面から考えて上げていくという風にする。
 そこまで明確に考えられるようになったのも、本当に、原発事故があったからでしょうね。
——「事故が起きてよかった」とは口が裂けても言えないけれども、それが起きたことにせめて報いる一歩ということかと思います。
小松 あれだけの犠牲があって「前に戻っただけでした」とか、「前より悪くなりました」では話にならない。それが自分の場合は「自立」という言葉に集約されていくし、「衣食住を問い直す」ということで、その意味ではうみラボもUDOK.も、原発事故後にテーマが固まった感じです。
——UDOK.皆さん、それで足並みは揃っている?
小松 震災後の時期は、酒飲むとそんな話ばかりでした。それぞれ仕事も業界も違うけれど、でもみんな同じような方向は向いてると思います。仕事を辞めて地域のクリエイティブに関わるメンバーもいるし、学校辞めてアメリカに行っちゃった高校生もいました。新しい活動や、思想みたいなものが少しずつ生まれてるというような実感もありますね。

riken

「震災後はUDOK.で酒ばっかり飲んでいた」と小松さん。地域のこと、自立のこともテーマになったそうです

 「ローカルの自立」の話は、世界どこでも話せることだと思います。この前インドの、教育支援とか「貧困地域はどう生まれ変われるか」みたいな取り組みをやってる人が来て、「どんな想いでやってるんですか?」みたいな話になったら、超絶共感してくれて。「今、それが大事なんです。世界で!」って(笑)。
——少しぶっ飛んでても、「これだ」と思ったらやり遂げる姿勢を貫いていく。
小松 結局は、「実際動いているやつが強い」という。
 もしかすると「自立する」ということは、自分で動いたり働きかけたりすることなのかもしれないですよね。いつの時代も「あの人変わってるよね」みたいな人しか、社会って変えられない。特に自分はそこを、地方はそういう人が排除されやすいですが、地方こそ異端児がいないとダメだと思っています。

riken

ヒラメを釣り上げる小松さん。海や魚を通じて福島の魅力を発信し続けています

 いきなり何千人に伝えなくても、一人がそれぞれ10人くらいに伝えられればOK。だから、「10人に伝えられる人が増えていくことが大切」だなと。

 

(取材:平井有太)
2017.1.14 sat.
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